二十四孝 (落語)
『二十四孝』(にじゅうしこう)は、古典落語の演目。『廿四孝』とも表記される。江戸落語・上方落語の両方で演じられる[1][2]。前田勇は「一説に(引用者注:上方には)東京から移入したものかと」と記している[1]。
親不孝な男に大家が中国の『二十四孝』にあるエピソードを引いて親孝行を諭したところ、男はその内容を曲解して「孝行」をしようとする内容。
東大落語会編『落語事典 増補』は原話として安永9年(1780年)に江戸で刊行された『初登』(はつのぼり)所収の「不孝」を挙げている[3][注釈 1]。武藤禎夫はそのほかにも『二十四孝』に由来する笑話が多数あると記し、嘉永3年(1850年)の『御伽草』には『廿四孝』の題で落語形式の内容が掲載されているとする[4]。また宇井無愁も、『初登』以外に2つの原話(明和9年(1772年)『楽牽頭』所収「真裸」および弘化元年(1844年)『春興福神咄』所収の無題の咄)を挙げている[2]。
あらすじ
[編集]大酒呑みの職人の男(東京では八五郎)が、妻との喧嘩を止めに入った年老いた母を蹴飛ばした。それを聞いた長屋の大家は、男に店(たな=部屋)を空けるよう命じるが、男はこれに応じない。大家は、「もろこし(=古代中国)」の書物『二十四孝』における王祥、孟宗、郭巨、呉猛のエピソードを引き合いに出し、親孝行することの大切さを説こうとするが、男は冗談で混ぜ返し、感じ入るところがない。そこで大家は、かつての幕府の時代、親孝行をなした者には奉行所から賞金が与えられたことを話し、「もしお前が母親に孝行したら、小遣いをやろう」と約束する。男は金欲しさに、二十四孝の登場人物のまねをしようと決意する。
帰宅した男は、まず母を「クソババア」と呼ばずに「母上」と呼んでみるが、気味悪がられる。次に、王祥のエピソードを思い出した男は「鯉は食べたくないか」と母に尋ねるが、母は「川魚は嫌いだ」と言う。さらに、男は孟宗のエピソードを思い出して「タケノコは食べたくないか」と聞くが、母は「歯が弱って食べられない」と言う。困った男は、とりあえず妻に大家での一件を報告するが、話しているうちに「親孝行のために雪に埋もれた竹林を掘ると、金の釜が出て、中から鯉が飛び出すそうだ」と、大家から聞いたエピソードが混合してしまう。郭巨のエピソードを思い出した男は、「隣の夫婦には子供がいただろうか」と妻にたずねる。妻が「赤ん坊がいたはずだけど、なぜ」と聞くと、「親孝行のために借りよう。金の釜を掘り出す前に、裏山に埋めるんだ」。驚きあきれた妻は強くたしなめる。
することがなくなった男は、呉猛のエピソードを思い出し、母を蚊から守るため、裸になって体中に酒を吹き付けようとするが、ふと飲んでしまうとそこから歯止めがきかなくなり、そのまま酔いつぶれて寝てしまう。母に起こされて目を覚ました男は、1か所も蚊に刺されていないことに気づき、「親孝行の徳だ。天に感ずるところがあった」と言って喜んだ。すると、そばにいた母が、
「何言ってるの、あたしが夜っぴて(=ひと晩じゅう)あんたを扇いでたんだ」
バリエーション
[編集]6代目三遊亭圓生がこの演目を教わった五明楼国輔の口演はかなり内容が異なり、落ち(サゲ)は外に出た八五郎が友人の家に呼ばれ、「何箇(なんこ)」という賭博をやって父親と喧嘩した友人に、自分が大家から聞いた二十四孝の6人のエピソードを話すと友人が「それじゃ六孝だ」と返したため八五郎が「いや二十四孝だ」と言って口論になり、友人の父が出てきて「また何箇やっているのか」と言うというものだった[5][3]。6代目圓生は5代目三升家小勝の落ち(前記あらすじの内容)に変えたという[5]。