二ノ橋駅

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二ノ橋駅
にのはし
Ninohashi
下川 (4.9 km)
(3.6 km) 幸成
所在地 北海道上川郡下川町二の橋
北緯44度18分26秒 東経142度41分40秒 / 北緯44.30722度 東経142.69444度 / 44.30722; 142.69444座標: 北緯44度18分26秒 東経142度41分40秒 / 北緯44.30722度 東経142.69444度 / 44.30722; 142.69444
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 名寄本線
キロ程 21.4 km(名寄起点)
電報略号 ニノ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1947年昭和22年)12月25日[1]
廃止年月日 1989年平成元年)5月1日[1]
備考 名寄本線廃線に伴い廃駅
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1977年の二ノ橋駅と周囲約500m範囲。右上が紋別方面。石積み土盛の単式ホーム1面1線と駅舎は中名寄駅と似ているが、こちらは片開分岐で駅裏側に敷かれた副本線を有している。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

二ノ橋駅(にのはしえき)は、北海道上川支庁上川郡下川町二の橋にかつて設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)名寄本線廃駅)である。事務管理コードは▲122106[2]

歴史[編集]

一部の普通列車は通過した(1989年(平成元年)4月30日時点(廃止時の時刻表)で、上り1本(快速運転列車)[3])。

駅名の由来[編集]

地名より。

駅構造[編集]

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった[8]。そのほか、遠軽方から南側に分岐した行き止まりの保線用側線を1線有していた[8]

無人駅となっており、有人駅時代の駅舎は改築され、中名寄駅渚滑線中渚滑駅と同型のプレハブ駅舎となっていた。駅舎は構内の北側に位置し、ホームに接していた[8]。ホームの長さは50mであった[8]

駅周辺[編集]

周辺には畑が広がる。

駅跡[編集]

2000年(平成12年)時点では跡形も無く、道床跡を利用して用水路の工事が進められていた[10]。2010年(平成22年)時点でも跡形は無く[11]、2011年(平成23年)時点でも同様で、農耕地に取り込まれ遺構は何も無かった[12]。畑になっている。

また、2000年(平成12年)時点では駅跡附近の国道の「二の橋跨線橋」から線路跡が望め[10]、2011年(平成23年)時点でも同様であった[12]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
名寄本線
下川駅 - 二ノ橋駅- 幸成駅

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』(初版)JTB、1998年10月1日、909頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、242頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362023年3月21日閲覧 
  3. ^ 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)220ページより。
  4. ^ 『下川町史』では1948年とある。
  5. ^ 大蔵省印刷局(編)「日本国有鉄道公示 第3号」『官報』第6895号、国立国会図書館デジタルコレクション、1950年1月9日。 
  6. ^ 「日本国有鉄道公示第157号」『官報』、1978年11月28日。
  7. ^ 「通報 ●名寄本線中名寄駅ほか11駅の駅員無配置について(旅客局)」『鉄道公報日本国有鉄道総裁室文書課、1978年11月28日、4面。
  8. ^ a b c d 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)208ページより。
  9. ^ a b 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)18ページより。
  10. ^ a b 書籍『鉄道廃線跡を歩くVII』(JTBパブリッシング2000年1月発行)39ページより。
  11. ^ 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』(JTBパブリッシング2010年4月発行)33ページより。
  12. ^ a b 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社2011年9月発行)114ページより。

関連項目[編集]