亀澤恭平

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亀澤 恭平
中日ドラゴンズ #53
2015D53.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岡山県津山市
生年月日 (1988-10-15) 1988年10月15日(29歳)
身長
体重
174 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 二塁手三塁手遊撃手
プロ入り NPB / 2011年 育成選手ドラフト2位
初出場 NPB / 2015年3月29日
年俸 1,800万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

亀澤 恭平(かめざわ きょうへい、1988年10月15日 - )は、岡山県津山市出身のプロ野球選手内野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

津山市立鶴山小学校から津山市立中道中学校へ進学し、軟式野球をはじめた[2][3]岡山県作陽高等学校に進学、3年夏は第88回全国高等学校野球選手権岡山大会3回戦で敗退。甲子園出場経験はなかった。

高校卒業後は設立初年度の環太平洋大学に進学、中国地区大学野球連盟に加盟した同校野球部に1期生として入部した。また、大学の2年後輩には又吉克樹、3年後輩に松本直晃がいた。4部リーグからリーグ戦24連勝を記録し、3年時の春には1部リーグ昇格を果たした。4年時の春には、1部リーグで初のベストナインに選出され、秋は創部4年目で初優勝を達成した。11月の第41回明治神宮野球大会にも出場を果たし、2番遊撃手で3打数2安打1盗塁だったが[2]、初戦の神奈川大学戦に3-4で敗れた[4]プロ志望届を提出するも、指名漏れとなった。

大学卒業後は、四国アイランドリーグplus香川オリーブガイナーズに入団(背番号は8)。1年目ながら、遊撃手のレギュラーに定着し、1番打者として打率.303、3本塁打、21打点の成績を挙げ、リーグ2位の26盗塁を記録した[5][6]福岡ソフトバンクホークス三軍との交流試合でも活躍し、スカウトの目に止まった [2]

2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議福岡ソフトバンクホークスから育成2位指名を受けた。12月12日の新入団発表にて背番号は124となった[7]

ソフトバンク時代[編集]

ソフトバンク時代
2012年

ウエスタン・リーグ公式戦では育成選手ながら開幕戦から出場。塚田正義の怪我による辞退のため補充選手として選出され[8]7月19日HARD OFF ECOスタジアム新潟で開催されたフレッシュオールスターゲームに出場した[9]。二軍では46試合に出場したが、打率.213、7盗塁に終わった[10]10月6日ファーム日本選手権に代打で起用されたが無安打だった[11]

2013年

オープン戦では3月5日からベンチ入り[12]3月8日から代打・代走・守備などでオープン戦3試合に出場した[13][14][15]。二軍で98試合に出場し、規定未到達ながら打率.310、出塁率.364と結果を残した。盗塁は14とリーグ4位だったが、盗塁刺はそれを上回るリーグワーストの17だった[16]。10月6日のファーム日本選手権で二塁手として途中出場したが無安打だった[17]

2014年

二軍では106試合に出場し、初めて規定打席に到達した[18]。リーグ3位タイの三塁打5本を打ち、盗塁成功率も改善した。10月6日のファーム日本選手権で7番三塁手として先発出場を果たし、二度出塁したが得点には繋がらず、守備でのミスが同点に繋がった[19]

10月31日、育成選手として3年間在籍したための規約に則り、自由契約公示された[20]。ソフトバンクは育成選手として再契約する意向を示しており秋季キャンプに参加させていた。しかし、中日ドラゴンズから支配下登録選手として契約することも視野にオファーを受け、承諾した[21]

中日時代[編集]

2014年

中日の秋季キャンプにテスト生として招待された[22]亀澤は、11月14日ジェイプロジェクト硬式野球部とのプロ・アマ交流戦に2番二塁手で先発出場し、3打数2安打と結果を残した[23]11月18日に中日ドラゴンズが亀澤の支配下登録選手としての獲得を発表した[24]

2015年

開幕1軍を勝ち取り、3月29日に一軍初出場を果たすとその試合で4安打を放つ活躍を見せた。その後も二塁手として、ベテランの荒木雅博と併用されながら試合出場を続け、10月7日の最終戦の広島東洋カープ戦まで1度も抹消されずにシーズンを終えた。一軍、二軍の入れ替わりが激しい中、野手では開幕から1度も抹消をされず一軍に残ることができた数少ない選手である。11月17日の契約更改ではナゴヤ球場に隣接する選手寮で契約更改交渉に臨み、約440万円から355%(約1560万円)増の約2000万円で一発サインした[25]

2016年

荒木から二塁手のレギュラーを奪うには至らず、前年よりも出場試合数は減少した。11月9日の契約更改では10%ダウンとなる推定1800万円で契約したが、記者会見での第一声で「サインしませんでした」と述べて即座に訂正するパフォーマンスを見せ、試合中のベンチにおけるムードメーキングなどは評価を受けたと述べた[26]

選手としての特徴[編集]

50メートル走のタイムが5秒8の俊足と堅実な守備が売り[27]。独立リーグ時代は3割26盗塁で、一塁までの到達時間は4秒未満だった[28]。足を生かしてセーフティバントも仕掛けるほか、ヘッドスライディングも多く見せる。[29][23]2016年シーズン終了時で成功率.560と盗塁は得手ではない。

香川オリーブガイナーズでは元・近鉄前田忠節コーチからマンツーマンで守備指導を受け[30]、亀澤も「衝撃が大きすぎました。一つ一つの教えがレベルの高いものだった。」と述べている[2]

2014年オフの秋季キャンプで佐伯貴弘二軍監督と相談し、バッティングフォームを大きく変更した。当て逃げからしっかり振り抜く形となった[10]

ウエスタン・リーグ通算3年間(2014年シーズン終了時点)で打率.280で、安打に対する単打の割合が83.8パーセントと長打が少なく、三振率.121で三振は少ない打者である。守備率は二塁手.995(121試合)、三塁手.961(86試合)、遊撃手.952(47試合)である。2013年に1試合のみ右翼手で途中出場を果たした。

人物[編集]

中日入団が決まった際に同球団で1年目からブレイクした大学、独立リーグ時代の後輩である又吉はウィンターリーグ派遣先のドミニカ共和国から亀澤に連絡した[31]

高校2年の秋に地元岡山県で開催された第60回国民体育大会を見学した際に田中将大を見てプロは自分に縁がないと思い、教員を目指すために環太平洋大へ進学[2]

チーム内ではムードメーカー的存在で、チームメイトの平田良介遠藤一星と共に得点が入るとカメラに向かい、パフォーマンスをすることがあった。2016年はパフォーマンスを「封印」したが、同年11月の契約更改後の記者会見では「楽しく野球をしたい」という理由で再開する意向を示した[32]

2015年6月21日の試合終了後、中日応援団は個人応援歌が作成された事を発表し、6月23日の試合より使用開始された。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2015 中日 107 376 331 30 89 6 2 0 97 12 9 8 27 1 15 0 2 43 3 .269 .304 .299 .603
2016 59 137 124 12 28 4 0 0 32 5 5 3 4 1 8 0 0 20 1 .226 .271 .258 .529
2017 98 290 254 31 73 5 0 2 84 13 6 6 18 2 13 0 3 30 1 .287 .327 .331 .658
NPB:3年 264 803 709 73 190 15 2 2 215 30 20 17 49 4 36 0 5 94 5 .268 .306 .303 .610
  • 2017年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


二塁 三塁 遊撃





















2015 88 206 231 5 43 .989 - 11 5 20 0 1 1.000
2016 25 36 59 1 13 .990 26 7 29 1 2 .973 1 0 0 0 0 .---
通算 113 242 290 6 56 .989 26 7 29 1 2 .973 12 5 20 0 1 1.000
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

NPB

独立リーグでの打撃成績[編集]

































2011 香川 64 261 47 79 3 21 26 6 3 23 9 30 .303 .379
通算:1年 64 261 47 79 3 21 26 6 3 23 9 30 .303 .379

背番号[編集]

  • 8 (2011年)
  • 124 (2012年 - 2014年)
  • 53 (2015年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中日 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e 2011年12月15日西日本スポーツ紙面
  3. ^ 中日ドラゴンズ公式サイト選手名鑑
  4. ^ 第41回明治神宮野球大会 スポニチ
  5. ^ 香川OG4選手が育成枠/プロ野球ドラフト会議 2011年10月28日四国新聞社
  6. ^ 選手成績 打撃成績(全選手) - 四国アイランドリーグplus 2011年度版(Internet Archive)
  7. ^ 2012年度の育成選手新入団発表を行いました 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト 球団ニュース 2011年12月12日配信
  8. ^ ソフトバンク塚田に代わり亀沢が出場 フレッシュ球宴 2012年7月5日スポニチ
  9. ^ 2012年度フレッシュオールスター・ゲーム 試合結果
  10. ^ a b 【ロングインタビュー】「独立リーグ1年、育成選手3年…野獣・亀澤恭平にチャンス到来」 | 4SPO 2015年1月19日
  11. ^ 2012年度ファーム日本選手権 試合結果 2013年3月5日 日刊スポーツ
  12. ^ 【ソフトB】亀沢ベンチ入り、目輝かす
  13. ^ プロ野球スコア速報 ソフトバンク対DeNA : nikkansports.com
  14. ^ プロ野球スコア速報 ソフトバンク対ロッテ : nikkansports.com
  15. ^ プロ野球スコア速報 ソフトバンク対ロッテ : nikkansports.com
  16. ^ 2013年度 ウエスタン・リーグ リーダーズ(打撃部門)
  17. ^ 2013年度ファーム日本選手権 試合結果
  18. ^ 2014年度 ウエスタン・リーグ 個人打撃成績(規定打席以上)
  19. ^ 2014年度ファーム日本選手権 試合結果
  20. ^ 2014年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフィシャルサイト 2014年11月7日閲覧。
  21. ^ 独立リーグ結果&ニュース:アイランドリーグ出身選手たちは今 亀澤恭平(中日)編
  22. ^ 中日、ソフトB自由契約亀沢をキャンプ招待 2014年11月10日 日刊スポーツ
  23. ^ a b 亀沢、竜初安打 2014年11月14日中日スポーツ
  24. ^ 八木投手、亀澤選手獲得のお知らせ 中日ドラゴンズ公式サイト 2014年11月18日閲覧。
  25. ^ 【中日】亀沢が355%増で更改、パフォーマンスの査定は「ないです」(2015年11月17日19時12分 スポーツ報知
  26. ^ “中日亀沢200万減「倍増かと思ったんですけどね」”. (2016年11月9日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1735850.html 2016年11月13日閲覧。 
  27. ^ 「マエケンの同級生」らがNPBに挑む 独立リーグからドラフト指名”. スポーツナビ (2011年11月9日). 2013年4月8日閲覧。
  28. ^ 2011年 プロ野球 ドラフト― スポニチ Sponichi Annex 野球
  29. ^ ソフトB亀沢「亀ヘッド」亀山継承者に!? 2013年2月18日 日刊スポーツ
  30. ^ SPORTS COMMUNICATIONS - 育成枠から突き抜けたいソフトバンク・亀澤、飯田 ~アイランドリーグ・ドラフト指名選手Vol.2~ 2012年2月2日配信 二宮清純責任編集スポーツコラムサイト
  31. ^ 鷹の育成だった亀沢、中日で支配下契約!「やっとプロ野球選手になれました」 2014年11月18日SANSPO.COM
  32. ^ “中日・亀沢 心ないファンの“脅し”に屈せず平田とのパフォーマンス復活へ”. 東スポWEB. (2016年11月9日). http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/615629/ 2016年11月13日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]