亀浦倭城

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亀浦倭城
大韓民国
別名 甘同浦城
城郭構造 平山城
築城主 小早川隆景立花宗茂
築城年 1592年
主な城主 黒田長政
廃城年 1598年
遺構 石垣、虎口、登り石垣、空堀
指定文化財 釜山広域市記念物第6号

亀浦倭城(くっぽわじょう・くぽうぇそん)は、韓国釜山広域市北区亀浦洞に文禄2年に築かれた倭城(日本式の城)。別名は甘同浦城。現在は、城跡である。

概要[編集]

文禄・慶長の役を通じて日本軍は朝鮮半島南岸各地に倭城群を築いて布陣していた。亀浦倭城は金海竹島倭城の出城として小早川隆景立花宗茂を中心に築城を始めた。洛東江に面しており、対岸の金海竹島倭城と向き合っていた。また船の停泊も可能であった。

慶長の役では主に黒田長政が在番していた。

アクセス[編集]

釜山都市鉄道2号線 徳川駅(トクチョンえき)から徒歩

外部リンク[編集]