亀倉雄策
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
|
年譜形式の経歴は推奨されていません。人物の伝記は流れのあるまとまった文章で記述し、年譜は補助的な使用にとどめてください。(2015年9月) |
| 亀倉 雄策 | |
|---|---|
1952年当時
|
|
| 生誕 | 1915年4月6日 新潟県西蒲原郡吉田町(現・燕市) |
| 死没 | 1997年5月11日(満82歳没) 東京都 |
| 国籍 | |
| 職業 | グラフィックデザイナー |
| 著名な実績 | ニッポン放送旧社章(1954年 - 1986年) グッドデザイン賞ロゴマーク(1957年) フジテレビジョン旧社章「8マーク」(1959年 - 1986年) 東京オリンピック(1964年)ポスター 日本電信電話(NTT)シンボルマーク「ダイナミックループ」(1985年 - ) 他 |
亀倉 雄策(かめくら ゆうさく、1915年4月6日 - 1997年5月11日)は、日本のグラフィックデザイナー。代表作にフジテレビジョンの旧シンボルマーク(8マーク)や日本電信電話(NTT)のマーク(ダイナミックループ)、1964年東京オリンピックのポスター、サンケイアトムズ、ニコンFおよびヤクルトスワローズのユニフォームなどがある。
略歴[編集]
- 1915年4月6日 - 新潟県西蒲原郡吉田町(現在の燕市)に生まれる。
- 1924年 - 東京府北多摩郡武蔵野村境(現・東京都武蔵野市境)に転居[1][2]。
- 1928年 - 旧制日本大学第二中学校(現・日本大学第二高等学校)に入学。フランスのグラフィックデザイナーカッサンドルのポスターに衝撃を受け、グラフィックデザイナーを志す。日大二中は3年の時に落第し、そのまま退学する[3]。
- 1935年 - 新建築工芸学院に進学、バウハウスの構成理論などを学ぶ。
- 1938年 - 日本工房に入社し、アートディレクターとして雑誌「NIPPON」、「カウパープ」などのアートディレクションやエディトリアルデザインを手がける。
- 1949年 - 総合アメリカ研究所のアートディレクターに就任。
- 1951年 - 日本宣伝美術会(日宣美)の創設メンバーに加わる。
- 1954年 - ニッポン放送のロゴマーク制作(1986年まで使用)。
- 1957年 - 通商産業省(現・経済産業省)のグッドデザイン賞のロゴマークを手がける。
- 1959年 - フジテレビジョンのロゴマーク制作(1986年まで使用)。
- 1960年 - 日本デザインセンター創立に参加、専務になる。
- 1962年 - 亀倉デザイン研究室を創設。
- 1964年 - 東京オリンピックの公式ポスターを制作[4]、注目を集める(6人の指名コンペにて選ばれた[5][6][7]大会エンブレムも[8])。
- 1965年 - 東京電気化学工業(現・TDK)のロゴマーク制作。
- 1966年 - サンケイアトムズのロゴを制作。
- 1966年 - ヤマギワのロゴを制作。
- 1970年 - 講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。
- 1978年 - 日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)創立に参加し、初代会長に就任。
- 1980年 - 紫綬褒章受章。
- 1985年 - 日本電信電話(NTT)のロゴマーク制作。株式会社リクルートに入社、取締役に。
- 1985年 - Japan Prize(日本国際賞)のロゴマーク制作。
- 1991年 - 文化功労者に選ばれる。
- 1996年 - ワルシャワ美術アカデミーより名誉博士号を授与される。
- 1997年 - 5月11日、心不全のため死去。82歳没。
主な作品[編集]
- ニコンF(1959年)
- グッドデザイン賞のロゴマーク(Gマーク)
- フジサンケイグループ各社のロゴマーク(一部を除いて、1986年まで使用)
- 岩手放送(現・IBC岩手放送)旧ロゴマーク
- 東北放送(TBC)旧ロゴマーク
- 仙台放送旧ロゴマーク(12マーク、1962年 - 1992年)
- 東京オリンピック・シンボルマーク
- 東京オリンピックオフィシャルポスター
- EXPO'70ポスター
- 札幌オリンピックポスター
- 沖縄海洋博アイキャッチマーク「オキちゃん」[9]
- 日本伝統的工芸品統一マーク
- 東亜国内航空→日本エアシステム(TDA→JAS。現:日本航空)の社章
- 富士銀行(現:みずほ銀行)のロゴマーク
- NTT(NTT本社・NTT東日本・NTT西日本)のロゴマーク(ダイナミックループ)
- 新潟県立近代美術館のロゴマーク
- リクルートの旧ロゴマーク(カモメマーク)
- 長岡赤十字病院のモニュメント(遺作)
- 安比高原ロゴマーク
- 日本光学工業(現 ニコン)の「Nikon」ロゴマークと、ニコンF(カメラ)のデザイン。
- TDK(旧:東京電気化学工業)のロゴマーク
- 明治製菓(現:明治 / Meiji Seika ファルマ)の「Meiji」旧ロゴマーク
- 明治ミルクチョコレートのパッケージデザイン(1955年〜2009年)
- 松屋旧ロゴマーク
- 三重交通社章(「ミ(三)」をモチーフにしたもの。一時期使用されなかったが2007年頃より復活している)
- ヤマギワのロゴマーク(一時期使用されなかったが、新法人移行後の2011年より復活している)
|
亀倉雄策賞[編集]
没後、亀倉雄策の遺族の寄付により、亀倉の業績を讃えるとともにグラフィックデザインのさらなる発展をめざして亀倉雄策賞が設けられている。[11]
- 第1回 田中一光
- 第2回 永井一正
- 第3回 原研哉
- 第4回 佐藤可士和
- 第5回 仲條正義
- 第6回 服部一成
- 第7回 勝井三雄
- 第8回 該当作品なし
- 第9回 松永真
- 第10回 佐藤卓
- 第11回 植原亮輔[12]
- 第12回 浅葉克己[13]
- 第13回 該当作品なし
- 第14回 澁谷克彦[14]
- 第15回 平野敬子[15]
- 第16回 葛西薫[16]
- 第17回 佐野研二郎(2014年)[17][18]
- 第18回 三木健[19]
主な作品収蔵先[編集]
著書[編集]
- 「離陸着陸」 美術出版社 1972年
- 「三人三様」 (勅使河原蒼風、土門拳との共著) 講談社 1977年
- 「曲線と直線の宇宙」 講談社 1983年
- 「亀倉雄策の直言飛行」 六耀社 1991年
- 「亀倉雄策のデザイン 新装版」 六耀社 2005年
関連人物[編集]
関連番組[編集]
- NHK-BS1「1964から2020へ オリンピックをデザインした男たち」(ドキュメンタリードラマ、脚本・監督:坂田能成)
外部リンク[編集]
- 日本デザインセンター
- 1964年東京オリンピックポスター - 日本オリンピック委員会「オリンピックメモリアル Vol.2」(文:三上孝道)
脚注[編集]
- ^ 世界的なグラフィックデザイナー亀倉雄策さんは燕市の生まれです その1 佐藤久弥さん 広報つばめ 2010.02.01
- ^ 世界的なグラフィックデザイナー亀倉雄策さんは燕市の生まれです その2 佐藤久弥さん 広報つばめ 2010.02.01
- ^ 三浦朱門『朱に交われば…』p.146。
- ^ 今月の1点 Monthly Pickup 11月 - 茅ヶ崎市美術館
- ^ 亀倉雄策が東京五輪で示した、デザインの力。 2013年11月号 宣伝会議
- ^ オリンピック・パラリンピックとビジュアルデザイン 東京デザイン2020フォーラム
- ^ 雑誌「デザインの現場」1998年No.100
- ^ 2020年東京五輪のエンブレムは亀倉デザインの正統進化 - デザイン情報サイト[JDN]、2015年7月29日
- ^ EXPO’70パビリオン「ニッポンの万国博~大阪万博から愛・地球博まで~」
- ^ オリンピック・メモリアル vol.2 1964年東京オリンピックポスター - JOC
- ^ Japan Graphic Designers Association Inc
- ^ 第11回亀倉雄策賞:選考経緯および展覧会
- ^ 第12回亀倉雄策賞
- ^ 第14回亀倉雄策賞:選考経緯・展覧会情報
- ^ 第15回亀倉雄策賞:選考経緯・展覧会情報
- ^ 第16回亀倉雄策賞:選考経緯・展覧会情報(更新)
- ^ 第17回亀倉雄策賞 Japan Graphic Designers Association Inc
- ^ 第17回亀倉雄策賞:選考経緯・展覧会情報(更新)
- ^ 第18回亀倉雄策賞:選考経緯・展覧会情報(更新)