九鬼紋七 (九代目)

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九鬼 紋七(くき もんしち、1895年10月 - 没年不明)は日本の政治家衆議院議員(1期)。実業家

経歴[編集]

三重県出身。1921年慶応義塾大学理財科卒[1]。英国留学、欧米視察[2]の後、東洋紡績監査役[1][2]、東洋電線監査役[1]、日本無線電信取締役[1][2]三重銀行頭取[1]などを務め、1942年の総選挙(いわゆる翼賛選挙)で大政翼賛会の推薦を受けて当選する。戦後、日本進歩党に加入するが、大政翼賛会の推薦議員のため公職追放となる[3]

この他四日市商工会議所会頭[1]、四日市製油場[1]、九鬼商事各社長[1]、名古屋少年審判所保護司[1]などを歴任した。

親族[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』220頁。
  2. ^ a b c 議会新聞社編 『翼賛議員銘鑑』、1943年150頁。NDLJP:1439721 
  3. ^ 総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年294頁。NDLJP:1276156 

参考文献[編集]

  • 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。