久留米ラーメン

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久留米ラーメンの一例

久留米ラーメン(くるめラーメン)は、福岡県久留米市を中心に作られる、豚骨スープとストレートの細麺をベースにしたラーメンである。

豚骨ラーメンの元祖ともいわれているラーメンで、鹿児島県沖縄県を除く九州・山口地方全県のラーメンにも影響を与えた[1]

また、上記の濃厚な豚骨ラーメンの他にあっさりスープの食堂系、濃厚なスープの国道系と呼ばれるラーメンも存在する。

歴史[編集]

南京千両五差路店(2008年10月)

1937年昭和12年)に福岡県久留米市西鉄久留米駅前に屋台「南京千両」が開店。創業者の宮本時男が、横浜市の南京町(現在の横浜中華街)や東京で中華そばを研究し「豚骨スープ」を考案する。ただしこの豚骨スープは透明感を残したスープであった[1][2][3]

その10年後の1947年(昭和22年)に杉野勝見が屋台「三九」を同じく久留米に開業する[2]。杉野は前述の宮本とも親交があり、「三九」の屋号も宮本の生年が明治39年であったことと英語の「サンキュー」の意味から採られている[1][2]。当時の「三九」は「南京千両」と同じく、豚骨をちょっと煮た程度の透明感を残したスープであったが、ある日、杉野は母親に仕込みを任せて外出し、帰ってみると、手違いで強く炊かれたスープは煮立って白濁していた[1][2]。このスープを飲んでみたところ意外に美味しく、現在の久留米ラーメンの主流の「白濁豚骨スープ」が誕生することとなった[2]。杉野は4年ほど経った1951年小倉市に移り「来々軒」を開業する。「三九」の常連客であった四ヶ所日出光は、「三九」の屋号や権利を譲り受けラーメンの改良を続けた。四ヶ所の「三九」は後に玉名市佐賀市に移転し、それらの地で地元のラーメン職人に影響を与え、玉名ラーメン熊本ラーメン佐賀ラーメンといった九州各地の豚骨ラーメンの源流となって行く。九州で久留米ラーメンをルーツとしないのは鹿児島ラーメン[1]大牟田ラーメン[4]のみとも言われている。

また、「南京千両」の屋台仲間の1人が1957年(昭和32年)に故郷の富山県に帰る際に、店の名前の使用許可をもらい、富山で同じ名前の「南京千両」を開業。苦労の末、少し富山風にアレンジしてはいるが、透明感を残した豚骨スープを提供し続けている[3]

特徴[編集]

店によって差は大きいが、久留米ラーメンの特徴として、以下のようなものが認識されている[1]

  • はストレートの固め。太さでは博多ラーメンよりやや太め。
  • 博多ラーメン以上に強く煮込んだ、濃厚で匂いも強いスープを採用している。
    • 但し、少なくない店であっさり目の豚骨スープを提供しており、スープについては博多ラーメン以上に幅が広い。
  • 具材はキクラゲチャーシューワケギと博多ラーメンと共通。海苔を乗せる店が多いのも久留米ラーメンの特徴である。熊本ラーメンと異なり、焦がしニンニクやニンニクチップはトッピングされない。

継ぎ足し[編集]

久留米ラーメンの豚骨スープの伝統的な製法に継ぎ足しと呼ばれる製法がある[5]

スープが減ってくると、別の釜で煮立てた新しいスープを文字通りに継ぎ足す製法であり、蒲焼タレなどで同様に継ぎ足しでその店の創業以来のタレとしている鰻屋と同様である[5]

継ぎ足しと比較すると一般的な博多ラーメンでは取り切りと呼ばれる製法であり、一定量の材料を一定時間煮出してその日に使用する分のスープを作る[5]

日本食品分析センターの分析によると、スープ100グラム中のうま味成分(遊離グルタミン酸)の含有量は、一般的な取り切りで作られたスープは6ミリグラムなのに対し、継ぎ足しで作ったスープは17ミリグラムと2.8倍多かった[5]

影響[編集]

久留米食堂系ラーメン[編集]

あっさりしたスープのラーメンも、また人気がある。店名に「食堂」が入った店が多いため、食堂系と呼ばれる[6]

1955年創業の「沖食堂」、1958年創業の「ひろせ食堂」が代表例として挙げられる[6][7]。スープには豚骨だけではなく鶏ガラも使用されることが多い。

長崎ちゃんぽんを提供する店も多いが、中学、高校生向けに価格を抑えるため、肉や魚介類を抜き野菜のみを具材にしたちゃんどんを提供している店もある。久留米出身の鮎川誠も学生時代にちゃんどんを食しており、『九州沖縄スペシャル』で放映されたNHK福岡放送局製作の「ただいま!」(2008年2月22日放送)に鮎川がゲスト出演した際には、進行役の武田鉄矢と共に番組中でちゃんどんを食している。

久留米国道系ラーメン[編集]

国道3号線沿いに店を構え、こってりしたスープのラーメンが国道系と呼ばれることもある[6]

1958年(昭和33年)、国道3号線沿いに開業した「丸星中華そばセンター」や1965年に佐賀県基山町に開業した「丸幸ラーメンセンター」が代表例で、広大な駐車場を備えて、年中無休・24時間営業を行っており、長距離ドライバーの評判も高い[6][8]。「丸星中華そばセンター」は日本初の24時間営業店とも言われている[8]

久留米ラーメンでは一般的でない替え玉が可能だったり、トッピングが任意に追加注文可能なのも、国道系の特徴である[6]

出典・脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 久留米ラーメン - 全国ご当地ラーメン”. 新横浜ラーメン博物館. 2016年6月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e ラーメン のれんのヒストリー:<13>偶然生まれた白濁スープ 来々軒(北九州市小倉北区)”. 西日本新聞 (2015年4月2日). 2016年6月9日閲覧。
  3. ^ a b 第37回 富山県実食編 富山で、もうエッチュウほど食べた”. 日本経済新聞 (2011年1月7日). 2016年6月9日閲覧。
  4. ^ 原達郎 『ラーメンひと図鑑』 弦書房2007年2月1日、170-171頁。ISBN 978-4-902116-76-2
  5. ^ a b c d 布谷真基 (2016年1月11日). “久留米ラーメン うま味継ぎ足す”. 西日本新聞筑後版 
  6. ^ a b c d e 渡辺智哉 (2016年6月28日). “とんこつラーメン発祥物語 創作で誕生、失敗で定番に グルメのまち 福岡・久留米をゆく(1)”. NIKKEI STYLE. 2017年9月6日閲覧。
  7. ^ 久留米屋のラーメン”. 日経WagaMaga「食べ物新日本奇行」. 2017年9月6日閲覧。
  8. ^ a b 原田たかし (2017年3月5日). “50年以上も愛されるとんこつラーメンが1杯400円と安い上にバリうま! 日本初の24時間営業店でもある『丸星ラーメン』は人生で一度は行くべき有名店”. ロケットニュース24. 2017年9月6日閲覧。

参考文献[編集]

  • 原達郎 『久留米ラーメン物語』 九州ラーメン研究会、1999年。
  • 原達郎 『九州ラーメン物語』 九州ラーメン研究会、1998年。
  • 奥山忠政 『文化麺類学・ラーメン篇』 明石書店、2003年、ISBN 4-7503-1792-6

外部リンク[編集]

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