久保拓眞

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久保 拓眞
東京ヤクルトスワローズ #61
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 佐賀県伊万里市
生年月日 (1996-07-27) 1996年7月27日(23歳)
身長
体重
175 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2018年 ドラフト7位
初出場 2019年5月28日
年俸 600万円 (2019年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

久保 拓眞(くぼ たくま、1996年7月27日 - )は、佐賀県伊万里市出身[1]プロ野球選手投手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

父親の草野球についていくようになったことがきっかけで、伊万里市立大坪小学校3年生の頃から野球に興味を持ち、伊万里市立伊万里中学校時代は硬式野球の「伊万里ボーイズ」に所属する[1]

チーム数が多く、競争が激しいところでやりたいとの理由から高校は福岡県北九州市自由ケ丘高等学校に進学[1]エースピッチャーとなった2年生の夏には第95回全国高等学校野球選手権大会に出場を果たす[2]。3年生の夏の第96回選手権福岡大会は、準決勝で九国大付属高校に敗れ、2年連続の夏の甲子園出場はならなかった[3]

大学は九州共立大学に進学。1、2年生時はエース級の活躍で福岡六大学リーグMVPを獲得するが、3年生の秋季リーグ戦前に肘を痛めた影響から約1年間の離脱を余儀なくされ、4年生時はほとんど登板することができなかったが[4]、その年の秋に復帰し、2018年10月27日に行われた九州大学野球選手権大会決勝戦において、広島東洋カープに入団した島内颯太郎との継投リレーで日本文理大学に勝利し、明治神宮野球大会の出場を果たす[5]。明治神宮野球大会では、2回戦で伊藤裕季也擁する立正大学に0対2で敗れた[6]。福岡六大学リーグでは通算14勝を記録した[1]

2018年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議において、東京ヤクルトスワローズから七巡目指名され[4]、11月19日、契約金2,000万、年俸600万円(金額は推定)で契約合意に達し[7]、12月7日、東京都港区で入団発表会見が行われた[8]

背番号61

プロ入り後[編集]

選手としての特徴[編集]

人物[編集]

  • 約1年間投げていなかった為、指名されるかどうか不安から、指名当日は涙で目をはらして記者会見場に現れた[4]

詳細情報[編集]

記録[編集]

投手記録

背番号[編集]

  • 61 (2019年 - )

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d 「開幕1軍目指す」ヤクルト入団の久保投手が闘志”. 佐賀新聞LIVE (2019年1月4日). 2019年4月17日閲覧。
  2. ^ 第95回全国高校野球選手権大会 延岡学園―自由ケ丘(2回戦)”. 朝日新聞デジタル バーチャル高校野球 (2013年8月12日). 2019年4月17日閲覧。
  3. ^ 第96回全国高校野球選手権福岡大会 九州国際大付―自由ケ丘(準決勝)”. 朝日新聞デジタル バーチャル高校野球 (2014年7月27日). 2019年4月17日閲覧。
  4. ^ a b c 泣きはらして会見場へ ヤクルト7位の久保「1年間投げていなかったので…」”. 西日本スポーツ (2018年10月25日). 2018年4月17日閲覧。
  5. ^ 九州共立大V2、島内→久保のドラ指名リレーで神宮”. 日刊スポーツ (2018年10月27日). 2019年4月17日閲覧。
  6. ^ 近大が筑波大を下し2回戦進出/明治神宮大会詳細”. 日刊スポーツ (2018年11月10日). 2019年4月17日閲覧。
  7. ^ a b 先発も中継ぎも!ヤクルトD7位・久保が仮契約”. SANSPO.COM (2018年11月20日). 2019年4月17日閲覧。
  8. ^ ヤクルトが新入団選手発表 ドラ1清水「1年間1軍に」”. 産経新聞 (2018年12月7日). 2019年4月15日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]