主癸

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主癸(しゅき、生没年不詳)は、の建国者天乙(湯)の父。甲骨文には示癸と記録されている[1]

脚注[編集]

  1. ^ 史記』巻三 殷本紀 第三「主壬卒,子主癸立。主癸卒,子天乙立,是為成湯。」s:zh:史記/卷003

外部リンク[編集]

  • 落合淳思殷代における政治勢力の分派」『立命館文学』第619号、2010年、 16頁、2022年1月24日閲覧。“上甲・仁乙・仁丙・仁丁・示壬・示癸の遠祖(六示)については、その名が十干順で形式的であることから、神話上の存在であると考えられている”