丹羽彪吉

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丹羽 彪吉(にわ ひょうきち、1885年明治18年)1月[1] - 1950年昭和25年)4月10日[1])は、日本の実業家政治家貴族院勅選議員衆議院議員

経歴[編集]

岐阜県出身[2]。丹羽伊兵衛の三男として生まれる[2]1905年、大阪実業学館高等科を卒業[3]

三井物産に入社[3]。以後、大畑伸銅所顧問、同専務取締役、日東金属工業社長、伸銅工業所社長などを務めた[3]1946年10月、貴族院勅選議員に任じられ、交友倶楽部に所属して1947年5月2日の貴族院廃止まで在任した[1]

1949年1月、第24回衆議院議員総選挙岐阜県第2区から民主自由党所属で出馬して当選[3]。同党相談役、同顧問を務め、在任中に死去した[3]

その他、日本アルミニウム板工業組合理事長、関東アルミニウム管棒工業組合専務理事、軽金属圧延工業会理事、日本伸銅協会長、全日本軟式野球連盟会長などを務めた[1][3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『議会制度百年史 -貴族院・参議院議員名鑑』150頁。
  2. ^ a b 『人事興信録』第14版 下、ニ6頁。
  3. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』475-476頁。

参考文献[編集]

  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。