丹羽厚悦

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丹羽 厚悦(にわ こうえつ、1930年(昭和5年)8月12日 - )は、日本の銀行家山形銀行顧問。

来歴・人物[編集]

山形県山形市出身。福島経専卒業後、両羽銀行入行。

8年あまり頭取を務めた三浦新の後任として昇格する。戦後初めて、創業家である三浦家、長谷川家以外で頭取に就任した。

2005年(平成17年)には、在任12年を迎えたことと、じゅうだん会による新システムも稼動となったことから、創業家である長谷川吉茂専務に大政奉還。顧問に退いた。堅実な経営手腕には、定評があった[1]

山形商工会議所副会頭を歴任したほか、多年に亘る地域経済発展に対する功労に三浦記念賞、2006年(平成18年)には旭日小綬章が贈られている。

高橋和雄元知事とは、旧制山形中学時代の同級生で支持者でもあった。そして、斎藤弘が山形銀に入行後1年余りで退行し、山形県知事選に出馬した際、「寝耳に水で信義則に反する。相談も受けていない。」と不快感を記者会見の場で表明した[2]

略歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 朝日新聞 2005年5月26日
  2. ^ 朝日新聞 2004年11月25日
  3. ^ 山形銀行百年史 1997年