丸根砦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
logo
丸根砦
愛知県
丸根砦址
丸根砦址
城郭構造 平山城
築城主 織田信長
築城年 永禄2年(1559年
廃城年 永禄3年(1560年
指定文化財 国の史跡
位置

丸根砦(まるねとりで)は、名古屋市緑区にあった織田信長によって築かれ、桶狭間の戦い前哨戦が行われた。

奥の森林が丸根砦址

歴史[編集]

永禄2年(1559年)、織田信長今川義元との領土争いの前線として鷲津砦善照寺砦とともに整備した。場所は、鷲津砦の東南400メートル[1]大高城からは東に約800メートルに位置し、鳴海から延びた丘陵の先端に築かれ、東西36メートル、南北28メートルの砦の周囲を、幅3.6メートルの外堀が囲んでいる[2]

永禄3年(1560年5月19日桶狭間の戦いの前哨戦が行われ、佐久間盛重を将とする織田軍が立てこもったが、松平元康率いる今川軍に敗れ全滅したといわれている。その後、三河で独立した徳川家織田家が同盟関係になったため存在意義を失い、そのまま放棄された。

現在[編集]

大高城鷲津砦の跡とともに国の史跡に指定されている。

周辺は住宅地となっているが、砦のあった丘の上は史跡として整備され記念碑や殉難烈士の碑が立っている。曲輪や堀が良好に残っている。

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『日本城郭体系』9、新人物往来社、1979年、300 - 301頁。
  2. ^ 名古屋市教育委員会による現地説明板による。

関連項目[編集]