中田浩司
なかた ひろじ 中田 浩司 | |
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| 生誕 |
1959年4月7日(67歳) |
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| 職業 | 暴力団組長 |
| 活動期間 | 1977年 - |
| 団体 |
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| 肩書き |
六代目山口組若頭補佐 五代目山健組組長 五代目健竜会会長 初代竜心会会長 |
中田 浩司(なかた ひろじ、1959年〈昭和34年〉4月7日[1] - )は、日本のヤクザ。特定抗争指定暴力団・六代目山口組若頭補佐[2][1]。神戸市に本拠を置く有力暴力団・五代目山健組組長[3][4]。
来歴
[編集]生い立ちから山健組健竜会
[編集]1959年(昭和34年)、和歌山県御坊市に生まれる。地元で暴走族として活動後、神戸へ移り、初代山健組若頭で健竜会初代の渡辺芳則(後の五代目山口組組長)と出会う。これが縁となり健竜会に加入する。渡辺から信任を得た中田は、渡辺のボディーガード兼運転手に任命され、更には中田が健竜会内に設立した新組織に渡辺から竜心会の名を与えられた。
1984年(昭和59年)、竜心会関係者が酒梅組組員とのトラブルを抱え、間もなく組織間の抗争に発展した。同年、竜心会組員が酒梅組組員を殺害する事件が発生し、中田は1986年(昭和61年)にこの事件の首謀者として逮捕・起訴され、徳島刑務所に14年間服役する。徳島刑務所の中で、先の大阪戦争で松田組組員射殺事件の首謀とされて服役していた二代目健竜会理事長補佐・井上邦雄と出会い、関係を深める。
2000年(平成12年)4月17日、徳島刑務所を満期出所。同年、四代目健竜会会長となっていた井上四代目の盃を受け直し、同会若頭補佐に就任。2001年(平成13年)10月には同会若頭に昇格する。2005年(平成17年)9月、井上が山健組四代目を継承すると同時に、五代目健竜会会長に就任した。
山口組分裂以降
[編集]2015年(平成27年)8月27日、四代目山健組は六代目山口組から離脱し、新しく結成された神戸山口組の中心組織となる。2017年(平成29年)5月9日に四代目山健組若頭に昇格し、2018年(平成30年)5月16日には山健組を相続して五代目山健組組長となった。これに伴い、中田は神戸山口組の直参となり、同組若頭補佐・若頭代行といった執行部職を歴任する。
2019年(令和元年)12月3日、殺人未遂及び銃刀法違反容疑で兵庫県警に逮捕される[5][6]。これは、同年8月21日午後6時すぎ[7]、弘道会関連施設(神戸市中央区熊内町[7])の前で弘道会系組員(当時51歳[8])が銃撃され重傷を負う事件が発生しており、中田本人がこの事件での実行犯である可能性が濃厚となった為である。逮捕後、身柄を神戸拘置所に移送され、同年12月25日に神戸地方検察庁に起訴される[9]。かつて山口組内での最大勢力として知られていた組織の長が自ら銃撃した容疑という衝撃的な事案であり、当初は業界関係者や警察当局、マスメディアの間で情報が錯綜した。
2020年(令和2年)7月、勾留中のまま、五代目山健組執行部に神戸山口組からの離脱を指示、翌8月には、五代目山健組を一本独鈷の独立組織とした事を宣言する書状を発表した。 なお、同年9月10日付けで神戸山口組から除籍処分を受けている[10]。
六代目山口組へ帰参
[編集]2021年(令和3年)9月16日、中田率いる五代目山健組が六代目山口組へ帰参することが発表され、同日のうちに捜査関係者やマスコミにも拡散された[3][11]。
復帰した中田に与えられた六代目山口組における役職は、「幹部」と報じられており[3]、執行部(一般企業における役員)である若頭補佐もこの幹部職からの登用が慣例となっている事から、将来的な最高幹部への昇格も考慮された人事であるとされる。
2024年(令和6年)10月15日、神戸地方裁判所で開かれた裁判で、検察は懲役20年を求刑した[12]。
2024年(令和6年)10月31日、神戸地方裁判所(丸田顕裁判長[13])で無罪判決が下った[14]。中田組長と兄弟分の九代目住吉会十三代目幸平一家加藤連合会小坂聡会長が傍聴にきていた[14]。神戸拘置所から釈放された中田組長を現地で五代目山健組若頭物部浩久と五代目山健組舎弟頭福富均が出迎え[14]、その足で神戸市内にある山健組の墓所を訪れ、組の創設者である山本健一初代の墓前で手を合わせた[15]。11月2日、神戸拘置所の中のまま六代目山口組に帰参して以来、一度も顔合わができていなかった司忍六代目と髙山清司若頭の元を訪問、執行部の面々に歓迎ムードで迎え入れられ、司忍組長も帰りに中田五代目に見送られる時に満面の笑みを見せていた[16]。
2024年(令和6年)11月13日付けで神戸地方検察庁は、「判決内容に不服がある」として控訴した[17]。
2024年(令和6年)12月13日、二代目國領屋一家本部(静岡県浜松市)で行われた六代目山口組の納会に出席し、司忍組長と親子盃を交わした[18]。
2025年(令和7年)1月24日、中田浩司組長が執行部会で六代目山口組若頭補佐に昇格[2]。
2025年(令和7年)1月25日、司忍六代目誕生日会に中田浩司組長が出席[19][20]。
2025年(令和7年)7月10日付で、六代目山口組 大阪南ブロック長代理に就任[21]。
2025年(令和7年)8月13日、司忍六代目組長の名代として山口組初代と二代目の墓参りをし、その後、山口組五代目の墓参りをした[22][23]。
2025年(令和7年)12月13日、7年ぶりに六代目山口組 事始めが行われ[24]、出席した[25]。
2025年(令和7年)12月31日から2026年1月1日に日付が変わるころ、六代目山口組を代表して神戸護国神社に安東美樹若頭補佐と初詣した[26]。
2026年(令和8年)2月12日、大阪高等裁判所1002号法廷(小倉哲浩裁判長[27])で控訴審初公判が開かれた[28]。法廷は、3人の裁判官、1人の検察官、4人の弁護人で公判が進行し[28]、この控訴審に被告人の出廷義務はなく[29]、被告人席には中田浩司五代目の姿はなかった[28]。検察側は3人の証人を含め65件の証拠を申請したが大阪高裁はすべて却下したうえで[27]、3分で閉廷し[28]、即日結審した[30]。判決公判は、大阪高裁で同年5月12日に開かれる予定[30]。
脚注
[編集]出典
[編集]- 1 2 週刊大衆2025年5月12日・19日号 p217「六代目山口組本家組織図(令和7年4月23日現在)」. 双葉社. 2025年5月2日閲覧。
- 1 2 週刊実話2025年2月20日号 p143. 日本ジャーナル出版. 2025年2月7日閲覧。
- 1 2 3 『山健組、山口組に合流へ 神戸山口組離脱の中核団体』 2021年9月16日 日本経済新聞
- ↑ “神戸山口組の中核団体「山健組」が代替わりを正式発表…予測されていた内部反発は起こったのか?”. Business Journal. (2018年5月7日) 2021年8月13日閲覧。
- ↑ 『山健組組長を殺人未遂容疑で逮捕 弘道会系組員を銃撃』 2019年12月4日 朝日新聞デジタル
- ↑ 『山口組系組員銃撃容疑で組長逮捕、神戸山口組中核「山健組」トップ 兵庫県警』 2019年12月4日 産経ニュース
- 1 2 “山口組系組員撃たれ重傷 神戸の事務所、犯人逃走”. 日本経済新聞. 日本経済新聞社 (2019年8月21日). 2026年3月3日閲覧。
- ↑ “暴力団組員を「銃撃」した罪 「山健組」組長に懲役20年求刑 神戸山口組と山口組の抗争事件 組長は否認(関西テレビ)”. FNNプライムオンライン. Fuji News Network (2024年10月15日). 2026年3月3日閲覧。
- ↑ 『山健組組長を殺人未遂罪などで起訴 弘道会系組員を銃撃』 2019年12月25日 朝日新聞デジタル
- ↑ 『神戸山口組、幹部の山健組組長を除籍 独立画策への対抗措置か』 2020年9月18日 神戸新聞NEXT
- ↑ 『山口組、離脱状態の山健組に復帰認める 神戸山口組との抗争に節目か』 2021年9月16日 朝日新聞デジタル
- ↑ “暴力団組長に懲役20年求刑 対立する暴力団組員を銃撃し重傷負わせた罪”. サンテレビNEWS. サンテレビ (2024年10月15日). 2026年3月3日閲覧。
- ↑ “【独自】「山健組」組長 対立する組員銃撃の罪など問われた裁判で“無罪判決” 拘置所から釈放で談笑も”. 8カンテレNEWS. 関西テレビ放送 (2024年11月1日). 2026年3月3日閲覧。
- 1 2 3 “6代目山口組の「司・高山」が無罪判決の「山健・中田」と面会 かつての敵にかけた「ねぎらいの言葉」”. デイリー新潮. 新潮社 (2024年11月8日). 2025年2月7日閲覧。
- ↑ 週刊アサヒ芸能2025年11月20日号. 徳間書店
- ↑ “武闘派ヤクザの組長が戦線に復帰…節目の一年が終わる「山口組分裂抗争」最前線で起きていること”. FRIDAYデジタル. 講談社 (2024年12月1日). 2026年3月3日閲覧。
- ↑ 『山健組組長無罪で地検が控訴 神戸、山口組系組員銃撃』 2024年11月13日 日本経済新聞
- ↑ “直参が勢揃いし、宴席ではコンパニオンを呼んで…六代目山口組・司忍組長が行った『納会』の全内幕”. FRIDAYデジタル. 講談社 (2024年12月25日). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ アサヒ芸能2025年2月13日20日合併号. 徳間書店. 2025年2月7日閲覧。
- ↑ 週刊大衆2025年2月17日号 p203. 双葉社. 2025年2月7日閲覧。
- ↑ 週刊実話2025年8月7日号 p153. 日本ジャーナル出版. 2025年7月26日閲覧。
- ↑ 週刊アサヒ芸能2025年8月28日特大号 p152. 徳間書店. 2025年8月21日閲覧。
- ↑ 週刊実話2025年9月4日号 p153. 日本ジャーナル出版. 2025年8月22日閲覧。
- ↑ “真っ昼間の住宅街に最高幹部が集結し司忍組長は和装で登場…六代目山口組「事始め」7年ぶり復活の全貌”. FRIDAYデジタル. 講談社 (2025年12月22日). 2026年1月16日閲覧。
- ↑ “六代目山口組の司忍 組長や竹内照明 若頭など最高幹部が集結 恒例の“事始め” 竹中組・安東美樹 組長や山健組・中田浩司 組長などの姿も 日本最大の暴力団 司組長の出身母体・弘道会の野内正博 会長も出席”. FNNプライムオンライン (2025年12月14日). 2026年1月16日閲覧。
- ↑ 週刊アサヒ芸能 2026年1月22日29日合併号 p146. 徳間書店. 2026年1月16日閲覧。
- 1 2 週刊大衆2026年3月16日号. 双葉社. 2026年3月6日閲覧。
- 1 2 3 4 “山健組・中田組長「無罪」を巡る「修羅第二幕」(1)大阪高裁での第2ラウンド│週刊アサヒ芸能2026年2月26日号”. アサ芸プラス. 徳間書店 (2026年2月22日). 2026年2月27日閲覧。
- ↑ 週刊大衆2026年3月2日・9日合併号 p214. 双葉社. 2026年2月22日閲覧。
- 1 2 “山健組・中田組長「無罪」を巡る「修羅第二幕」(2)ヤクザを襲う当局の強硬姿勢│週刊アサヒ芸能2026年2月26日号”. アサ芸プラス. 徳間書店 (2026年2月22日). 2026年2月27日閲覧。
関連項目
[編集]- 織田絆誠 - 中田同様、最高幹部でありながら神戸山口組から独立した経歴を持つ。
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