中根佑二

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中根 佑二
2011tohokufukushi nakane.jpg
東北福祉大学時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮城県仙台市
生年月日 (1989-09-07) 1989年9月7日(29歳)
身長
体重
182 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2011年 ドラフト5位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

中根 佑二(なかね ゆうじ、1989年9月7日 - )は、宮城県仙台市出身のプロ野球選手投手)。

元プロ野球選手の中根仁は年の離れたいとこ。

経歴[編集]

小学2年から野球を始める。仙台東リトルで、世界選手権準優勝の経験を持つ。

エース候補として仙台育英高に進学したが、1年時の秋に右肘靭帯を手術。2年時の秋になって復帰するが、3年時の夏も佐藤由規の控えであった[1]宮城県予選泉高戦では8回を4安打無失点13奪三振を記録する好投を見せ、チームも第89回全国高等学校野球選手権大会への出場を果たしたが、甲子園での登板機会はなかった。

高校卒業後は、仙台六大学野球連盟に加盟する東北福祉大学に進学。1年時の春からリーグ戦に登板、秋に初勝利を挙げる。3年時からエースとなり、春は5勝を挙げMVPに輝き、ベストナインに選出された。第59回全日本大学野球選手権大会では、佛教大学大野雄大と投げ合い6回途中を2失点と試合を作ったが、チームは大野の前に2安打完封と抑え込まれ初戦で敗退。秋は、春に続き5勝を挙げ2季連続でベストナインに選出された。
4年時は、春に5勝を挙げたが、秋季リーグ開幕前に肩を痛めてしまい9月半ばに救援で復帰し3試合の登板に留まった[2]

2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議東京ヤクルトスワローズから5位指名を受けた。

2012年1月7日、都内の病院で、右膝前十字靭帯損傷の靭帯再建手術を行った[3]

2013年9月25日、群馬県館林市内の病院で、右ひじの側副じん帯再建手術(トミー・ジョン手術)を受けた[4]

2013年10月8日に球団から戦力外通告を受けたが[5]11月12日育成選手として再契約されたことが発表された[6]

2014年10月1日に球団から戦力外通告を受け[7]10月31日に自由契約公示されたが[8]11月18日に育成選手で再契約を結んだ[9]。 。

2015年10月2日に球団から3年連続となる戦力外通告を受けた。

選手としての特徴・人物[編集]

最速148km/hのストレートに落差の大きいフォークが武器で、他にもスライダーチェンジアップなどを投げる[10][11]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 38 (2012年 - 2013年)
  • 138 (2014年 - 2015年)

脚注[編集]

  1. ^ 由規の仙台育英高のチームメイト東北福祉大・中根はヤクルト5位指名”. asahi.com (2011年10月28日). 2011年11月7日閲覧。
  2. ^ 東北福祉大、中根“復活”145キロ/仙台六大学 (2/2ページ)”. SANSPO.COM (2011年10月3日). 2011年11月7日閲覧。
  3. ^ 中根投手の手術について”. ヤクルトスワローズ球団公式サイト (2012年1月7日). 2012年1月7日閲覧。
  4. ^ 燕・中根がトミージョン手術、全治1年の見通し”. SANSPO.COM (2013年9月28日). 2013年9月28日閲覧。
  5. ^ 戦力外通告のお知らせ”. ヤクルトスワローズ球団公式サイト (2013年10月8日). 2013年10月8日閲覧。
  6. ^ 育成契約のお知らせ”. ヤクルトスワローズ球団公式サイト (2013年11月12日). 2013年11月14日閲覧。
  7. ^ 来季の契約について”. ヤクルトスワローズ球団公式サイト (2014年10月1日). 2014年10月1日閲覧。
  8. ^ 2014年度 自由契約選手(育成選手)
  9. ^ 育成契約のお知らせ”. ヤクルトスワローズ球団公式サイト (2014年11月18日). 2015年5月20日閲覧。
  10. ^ 【ヤクルト5位】中根佑二 高校で由規の控え、大学で敵無し”. スポニチ Sponichi Annex (2011年10月27日). 2011年11月7日閲覧。
  11. ^ 東北福祉大60度目V、中根2安打完封 (2/2ページ)”. SANSPO.COM (2011年5月29日). 2011年11月7日閲覧。

関連項目[編集]