中村達也 (ドラマー)

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中村 達也
出生 1965年1月4日(50歳)
出身地 日本の旗 日本 富山県
学歴 名城大学附属高等学校卒業
ジャンル ロック
パンク・ロック
オルタナティブ・ロック
職業 ドラマー
担当楽器 ドラムス
公式サイト LOSALIOS official site

中村 達也(なかむら たつや、1965年1月4日 - )は、日本ミュージシャンドラマー俳優。1990年から2000年までBLANKEY JET CITYのドラマーとして活動。富山県出身。

概要[編集]

BLANKEY JET CITYのドラマー時代から多数のバンドに参加しており、LOSALIOSFRICTION斉藤和義とのロック・ユニットMANNISH BOYS、チバユウスケイマイアキノブとのベースレス3ピースバンドThe Golden Wet Fingers、KenKenとのハイスペック・バトルユニットSPEEDER-X、仲井戸麗市と結成したthe dayなどで活動。また、蔦谷好位置の呼びかけでSuperflyのレコーディングやLIVEにもTHE LEMON BATS名義で参加している。

役者としても多数活動しており、『バレット・バレエ』(塚本晋也監督)『涙そうそう』『Crazy Dolls』(河原木宏尚監督)などに出演。

略歴[編集]

10代の頃から多くのバンドを組んでおり、高校時代にはOXYDOLL、原爆オナニーズザ・スターリン、The GOD、MASTURBATIONNICKEY & THE WARRIORSThe 原爆オナニーズ(再加入)、THE STAR CLUB、The GOD(再加入)等で活躍していた。その後、浅井健一に誘われ、照井利幸と共にBLANKEY JET CITYを結成する。1990年から同バンドで精力的に活動し、数多くの作品を残した。

ブランキー時代にLOVE SHOP LOSALIOS名義で初ソロ作品を浅井、照井らと共に発表した。1999年には、青木達之の急逝により以前サポートをつとめた東京スカパラダイスオーケストラの面々と共に「世界地図は血の跡」を発表する。2000年ブランキーが解散するが、それから2年後、東京スカパラダイスオーケストラの加藤隆志(ギター)、元RIZETOKIE(ベース)、武田真治(サックス)を擁してLOSALIOSを再始動させ「Colorado Shit Dog」を発表した。その後も、LOSALIOSで次々と作品を生み出す。

2003年には、ジョン・ゾーンビル・ラズウェルとのセッションアルバム「Buck Jam Tonic」が発表された[1]。2006年には豊田利晃勝井祐二ROVO)らと共にTWIN TAILを結成、のちにBLANKEY JET CITY時代の盟友、照井利幸が同バンドに参加した。また、レックと2人編成でフリクション名義でライブを行うなどの活動を続けている。

固定のバンドで活動をする傍ら、山下洋輔大友良英近藤等則勝井祐二GOMAスガダイロービル・ラズウェルらとのフリーセッションも屡々行っている。 また、異形の相手でもある画家の黒田征太郎とのライブペインティングや舞踏家の田中泯との創作ライブ「ニホンオオカミの足跡」でもドラムの独奏で公演の表現を担っている。

2009年12月に公開された『蘇りの血』(豊田利晃監督)で主演を務める。

2010年のNHK大河ドラマ龍馬伝』最終話では、京都見廻組隊士・佐々木只三郎役でゲスト出演した。

2011年、斉藤和義とMANNISH BOYSを結成。

2012年、チバユウスケイマイアキノブとThe Golden Wet Fingersを結成。仲井戸麗市とthe dayを結成。OXYDOLL再結成(東京・名古屋にて活動中)。

人物[編集]

愛称は「タツヤ」。幼少時は親の都合で引越しを繰り返し、その後は愛知県名古屋市で育った。上京後は武闘派として鳴らしていた時期があり、関東周辺の暴走族の革ジャンを狩っては仲間と数を争っていたという。欽ちゃんバンドのオーディションを受けたことがある。

全身に刺青を施しているが、ミュージックステーションで本人が語った所によると、全部自分で彫っている。額に血管を書いて湘南爆走族の丸川角児役のオーディションを受けたことがある。銭湯オヤジギャグが好き。

参加作品[編集]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

その他[編集]

  • Aの記憶 〜永瀬正敏がみた青森〜 (2012年 青森朝日放送)※ナレーション

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]