中村寿文

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中村 寿文
なかむら としふみ
生年月日 (1939-08-04) 1939年8月4日(78歳)
出生地 日本の旗 日本 青森県八戸市
出身校 慶應義塾大学
前職 八戸市

選挙区 八戸市選挙区
当選回数 7回
在任期間 1983年 - 2001年
2007年4月 - 2015年4月

Flag of Hachinohe, Aomori.svg 第21代 八戸市長
当選回数 1回
在任期間 2001年11月17日 - 2005年11月16日
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中村 寿文(なかむら としふみ、1939年8月4日 - )は、日本政治家青森県議会議員(7期)、元八戸市長(1期)。

来歴・人物[編集]

父は衆議院議員で八戸市長を務めた中村拓道青森県立八戸高等学校慶應義塾大学卒業。東北電力、衆議院議員船田中秘書を務める。父の死後、1976年・1979年・1980年の衆議院選挙に出るが落選。1976年は無所属、1979年と1980年は新自由クラブ公認だった。

1983年の青森県議会選挙(八戸市選挙区)でトップ当選。以後5期青森県議を務める(そのうち4期はトップ当選)。この間県議会副議長・県監査委員などを歴任。

2001年10月28日執行の八戸市長選挙に無所属で出馬。組織票を背景に金入明義ら3名の候補者を破り、当選。人柄の中村として知られた。2005年10月30日執行の市長選挙に再選を目指して出馬するも、小林眞に僅差で敗れ落選(小林:54,745票、中村:51,557票)。

2007年4月の青森県議会議員選挙でトップ当選。2011年4月の県議選では通算7回目の当選。2015年4月の県議選には出馬せず政界引退。

政策[編集]

市長在任中は「住んで良かった住んでみたい、子どもたちが誇れる魅力ある八戸」づくりを目指し、海洋立市・教育立市・環境立市を掲げた。また、市長選においては市町村合併にあたっては「14市町村の大同合併」を掲げ、八戸地域の合併協議で階上町が離脱した際も当初は7市町村での合併を目指したと言われている[1]

脚注[編集]

  1. ^ 「デーリー東北」2005.5.4「検証 中村八戸市政」