中村城 (土佐国)

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中村城
高知県
中村城の石垣
中村城の石垣
別名 為松城
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 不明
(望楼型4重5階、模擬天守)昭和48年
築城主 為松氏
築城年 不明
主な改修者  
主な城主 為松氏土佐一条氏山内氏
廃城年 元和元年(1615年
遺構 土塁、石垣、曲輪
指定文化財 なし
再建造物 模擬天守
位置 北緯32度59分48.97秒
東経132度55分45.63秒

中村城(なかむらじょう)は、高知県四万十市(旧中村市)丸の内にある中世から近世にかけての日本の城平山城跡)。為松城の別名を持つ。

概要[編集]

応仁の乱を避けた一条教房が、荘園(幡多荘)であった中村に下向しそのまま戦国大名として土着し、元々この地にいた豪族の為松氏が家老として取り立てられ、その為松氏により築城されたのが始まりと考えられている。

代替わりして一条兼定の時、兼定は素行が悪く家臣により豊後へ追放され、その後一条家は長宗我部元親に攻められ滅亡する。

関ヶ原の戦い後、戦功により山内一豊に土佐一国が与えられ、山内一豊の弟康豊が入るが元和一国一城令に伴い廃城となった。

城は西に四万十川、東に後川が流れ、中村平野を一望できる丘陵に築城され、面積はおよそ10,586m2あり、遺構は石垣が残っている。石垣は1965年(昭和40年)に発見されたもので、中村藩2万石2代藩主山内政豊時代の慶長18年(1613年)に修復されたものであると考えられている。現在は「為松公園」になっており、二の丸跡に模擬天守の四万十市立郷土資料館がある。

四万十市立郷土資料館


関連項目[編集]