中村勝治

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中村 勝治
なかむら かつじ
Katsuji Nakamura Sakaiminato IMG 2127 20131207.JPG
2013年12月7日 阪神競馬場、境港特別表彰式にて
生年月日 1945年6月20日
出生地 日本の旗 鳥取県境港市
出身校 国士舘大学政経学部
前職 境港市職員
現職 鳥取県境港市長
所属政党 無所属

当選回数 4回
在任期間 2004年7月26日 - 現職
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中村 勝治(なかむら かつじ、昭和20年(1945年6月20日 - )は、日本政治家鳥取県境港市長(4期)。

父は境港市議会議長を務めた中村実三

経歴[編集]

鳥取県境港市生まれ[1]鳥取県立境高等学校を経て、1968年3月国士舘大学政経学部卒業[1]日本電信電話公社に勤務する。1996年4月境港市企画部次長[1]1998年1月境港市市民生活部次長[1]。同年12月境港市市民生活部長[1]2002年4月境港市総務部長[1]

2004年7月、境港市長選挙に出馬し、初当選した。2008年2012年2016年の市長選でもそれぞれ再選した。

人物[編集]

家族・親族[編集]

中村家[編集]

(鳥取県境港市明治町・境港市湊町
  • 妻(境港市新屋町、壁三之助長女[4]、航空自衛官壁祐司朗姉)
  • 義父・壁三之助
大正8年(1919年)10月福井県丹生郡越前町に父壁伍吉の次男として生まれた[4]。昭和15年(1940年)6月現役兵として舞鶴海兵団入団[4]。新兵教育の後軍艦利根に乗組み東シナ海方面に出動する[4]。昭和16年(1941年)3月横須賀海軍航空隊に航空機整備技術練習生として入隊[4]。6ヶ月の教育終了後同航空隊に整備兵として軍務に従事するも11月南方へ出発、サイパン島を通過した辺りで大東亜戦争の開戦を知る[4]。マーシャル群島ヤール島到着、水上飛行機の整備に従事する[4]。昭和19年(1944年)3月厚木飛行場にて高等科整備術練習生として教育を受ける[4]。6月横須賀海軍航空隊転属[4]。11月鹿児島海軍航空隊転属[4]。昭和20年(1945年)3月美保航空隊転属[4]美保基地に勤務の後美保航空自衛隊に入隊、昭和45年(1970年)3月退官[4]。その後同隊に職員として勤務、昭和55年(1980年)3月定年退職をなす[4]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 市長プロフィール:境港市役所 市長の部屋
  2. ^ 涼晴記 20080706
  3. ^ 境港市長が事故で重傷 公用車で移動中 日刊スポーツ 2011年10月30日閲覧
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m 『戦友の譜 境港市編』(1993年、史記編纂研究会、197頁)

外部リンク[編集]