中村勘三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
角切銀杏
丸に舞鶴

中村 勘三郎(なかむら かんざぶろう)は、歌舞伎役者の名跡屋号は、初代以降が柏屋、十四代目以降が舞鶴屋、十七代目以降が中村屋定紋は、初め丸に舞鶴(まるに まいづる)だったが、のちに角切銀杏(すみきり いちょう)に代わった(詳細は「鶴姫」項の「鶴字法度」節を参照)。今日ではその丸に舞鶴が替紋として復活している。

解説[編集]

当初「中村勘三郎」は江戸三座の一つ・中村座座元(座を主宰し芝居小屋を経営する者)の名跡だったが、後代になると座元が役者に転じたり、逆に役者が座元を兼ねたりすることが多くなる。幕末になると「中村勘三郎」は実際に名乗る者がいない「預かり名跡」となった。これを昭和になって復活させたのが十七代目中村勘三郎である。

中村勘三郎代々[編集]

初代 中村勘三郎
山城の武士中村勘兵衛の次男、1597–1658。異説もある。
猿若勘三郎 → 初代中村勘三郎
二代目 中村勘三郎
初代の二男、1647–74。
中村勘二郎 → 初代中村明石 → 中村明石勘三郎 → 二代目中村勘三郎
三代目 中村勘三郎
初代の三男、1649–78。
中村長三郎 → 三代目中村勘三郎
四代目 中村勘三郎
三代目の養子、1662–1713。
中村七之助 → 二代目中村明石 → 初代中村勘太郎 → 四代目中村勘三郎 → 初代中村傳九郎(隠居名)
五代目 中村勘三郎
三代目の子で四代目の養子、1666–1701。
竹松 → 五代目中村勘三郎 → 中村傳九郎
六代目 中村勘三郎
初代中村勘九郎の次男、または四代目中村勘三郎の弟、のち五代目中村勘三郎の養子、1688–1758。
中村又三郎 → 六代目中村勘三郎 → 二代目中村勘九郎(隠居名) → 中村傳九郎(隠居名)
七代目 中村勘三郎
六代目の長男、1717–75。
三代目中村明石 → 七代目中村勘三郎
八代目 中村勘三郎
六代目の次男、1719–77。
中村勝十郎 → 二代目中村傳九郎 → 八代目中村勘三郎
九代目 中村勘三郎
八代目の養子、1765–85。
初代中村七之助 → 三代目中村七三郎 → 九代目中村勘三郎
十代目 中村勘三郎
八代目の次女の婿、生年不詳–1810。
熊吉 → 十代目中村勘三郎
十一代目 中村勘三郎
八代目の娘婿、1766–1829。父は二代目市川八百藏
二代目中村傳藏 → 三代目中村傳九郎 → 十一代目中村勘三郎
十二代目 中村勘三郎
十一代目の次男、1800–51。
四代目中村明石 → 五代目中村傳九郎 → 十二代目中村勘三郎 → 三代目中村勘九郎(隠居名)
十三代目 中村勘三郎
十二代目の子、1828–95。
三代目中村傳藏 → 十三代目中村勘三郎
預十四代目 中村勘三郎
十二代目の門弟、1809–86。母は振付け師の三代目志賀山せい
初代中村鶴蔵 → 三代目中村仲蔵(預十四代目中村勘三郎)
預十五代目 中村勘三郎
十三代目の子、1873–1940。
五代目中村明石(預十五代目中村勘三郎)
預十六代目 中村勘三郎
預十五代目の娘、生没年不詳。
中村勝子(預十六代目中村勘三郎)
十七代目 中村勘三郎
三代目中村歌六の三男、1909–88。
三代目中村米吉 → 四代目中村もしほ → 十七代目中村勘三郎
十八代目 中村勘三郎
十七代目の長男。1955–2012 。
五代目中村勘九郎 → 十八代目中村勘三郎