中康

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中康
第4代帝
王朝
都城 斟鄩
姓・諱 夏后中康
生年 不詳
没年 前2147年頃
后妃 有鬲氏の女
※別に仲康とも作る

中康(ちゅうこう)は、夏朝の第4代帝。の子。の父。

竹書紀年』によると、兄の太康が狩猟と酒に溺れ、諸侯の離散を招き、有窮氏后羿に斟鄩を追われて[1]洛水の南で亡くなったために、后羿がパトロンとなって即位した。

中康五年(秋九月庚戌朔)に日食があり、羲氏と和氏が酒色に溺れたため、羲氏と和氏の職務である天文を廃し、を乱したので、胤(人物)がこれを攻めた[2]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『竹書紀年』羿入居斟鄩
  2. ^ 『竹書紀年』五年秋九月庚戌朔、日有食之。命胤侯師、師征羲和
先代:
2代夏帝夏后啓
(簒位)后羿
帝室
4代
BC1890頃 - BC1880頃
次代:
5代夏帝
夏后相