中川神社 (中津川市)

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中川神社
中川神社01.jpg
所在地 岐阜県中津川市北野町816-1
位置 北緯35度30分25.29秒 東経137度30分19.66秒 / 北緯35.5070250度 東経137.5054611度 / 35.5070250; 137.5054611
主祭神 菊理媛命
伊邪册命
木花咲耶媛命
社格 式内社(小)
村社
創建 不明
本殿の様式 三間社流造
例祭 4月第2日曜日
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中川神社(なかがわじんじゃ)は、岐阜県中津川市にある神社。旧社格村社。中津川市の産土神である。

美濃国恵那郡式内社、中川神社である。現在の読みは「なかがわ」であるが、古くは「なかわ」「なかつかわ」と呼称していた時期もあり、中津川の地名の由来という説もある。また、木曽川の支流の中津川を、古くは中川と呼んでいたという。例祭では、中津川太鼓、神代獅子などが奉納される。

概略[編集]

創建時期は不明。恵那山天照大神の胞衣を収めた地(恵那神社)とされていることから、古くからこの辺りが神聖な地とされていたと考えられ、伊邪那岐命が生まれた地という言い伝えもある。かつては白山社または薄野森と称し、木曽川の女神を祀ったのが起源であり、この女神が後に3柱の女神(菊理媛命・伊邪册命・木花咲耶媛命)に変更されたという説もある。

天正2年(1574年)、武田勝頼東濃への侵攻の際に兵火で焼失し、延宝5年(1677年)に再建されたという。 御坂越記や中川舊記によれば、元は熊野権現本社であったが再建の時に白山大権現(菊理媛命)を主に熊野(伊邪册命)・富士(木花咲耶媛命)の両社を相殿に奉祀したことが記してあり、大正寺という別当寺が社を管理していたという。そのためか江戸時代中山道中津川宿の神社は3つ(八幡祠・白山権現祠・神明祠)となっており、中川神社の名は消失している。戦国時代の焼失から江戸時代初期の間に分祀されたと考えられる。明治時代になって「白山権現祠」が中川神社とされ、明治6年(1873年)村社となる。

現在の本殿は延宝5年(1677年)の再建であるが、この時には拝殿などは再建されなかった。平成14年(2002年)に拝殿、直会殿が再建され、同時に境内の整備が行なわれる。

祭神[編集]

所在地[編集]

  • 岐阜県中津川市北野町816-1

交通機関[編集]

その他[編集]