中島辰次郎

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中島 辰次郎(なかじま たつじろう、1916年 - 1989年[1])は大日本帝国陸軍特務機関員。戦後はキャノン機関や公安警察の協力者であったとされる。

来歴・人物[編集]

第二次世界大戦中は日高富明大佐の部下で陸軍特務機関員。

1960年12月24日に起きた漁船の船長らによる密出国事件「旭洋丸事件」の一審判決(松江地方裁判所浜田支部)における認定では、中島はかつての関東軍の特務機関員であり、終戦後には在日米軍の情報員となり、以後、「内閣調査室」「韓国景武台機関」に籍を置き、共産圏国家の情報蒐集にあたったとされている[2]

1963年9月、有楽町の喫茶店「ナイル」で、砒素の入ったコーヒーを飲まされ、暗殺されかかるが[3]、応急処置で九死に一生を得る。

1970年7月、週刊誌『アサヒ芸能』で松川事件の真犯人であると発言したため、1970年8月12日、第63回国会・衆議院法務委員会で、日本共産党青柳盛雄議員が取り上げたことがある[4]

著書[編集]

  • 『馬賊一代 大陸流転記』番町書房、1973年

脚注[編集]

  1. ^ 東京都立図書館統合検索において、『馬賊一代』を検索した際に表示される著者生没年による。
  2. ^ 第49回国会 参議院法務委員会 第1号国会議事録検索システム
  3. ^ 砒素を入れたのは、キャノン機関にいた土田という二世の米軍曹長、と中島が述べている。(『アサヒ芸能』インタビュー[要文献特定詳細情報])
  4. ^ 議事録 第063回国会 法務委員会 第29号国会議事録検索システム

参考文献[編集]