中山忠愛

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中山 忠愛(なかやま ただなる、天保3年(1832年) - 明治15年(1882年))は、江戸時代末期の公家

字は子誠、号は東園。中山忠能の長男。母は平戸藩主・松浦清の娘愛子。弟に中山忠光、妹に中山慶子、子に忠直(長男)、中山孝麿(二男、中山家第26代当主)、孫に中山輔親(27代当主)がいる。1863年に父が辞職するとこれを継承し、朝廷に仕えて右中将に至るが、まもなく辞職し、弟の忠光が相続した。明治15年(1882年)没、享年51。