中山信弘

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中山信弘。東京大学で開催されたDBCLS主催のイベントでの講演の様子。2009年10月。

中山 信弘(なかやま のぶひろ、1945年5月7日 - )は、日本の法学者弁護士西村あさひ法律事務所顧問)、酒井国際特許事務所最高顧問。東京大学名誉教授明治大学 研究・知財戦略機構特任教授。クリエイティブ・コモンズ・ジャパン元代表。専門は知的財産法。 日本における知的財産法学の第一人者と評される。静岡県浜松市出身。

人物[編集]

学界を代表して政府の知的財産法関連の審議会に多数参加している他、知的財産制度改革を推進する知的財産戦略本部の本部員を務める。平素は温厚な人柄で信望も厚いと言われるが、知的財産戦略本部および推進事務局の早急な改革案には、「議論が足りていない」と頑として反対意見を述べ、反対意見を封じ込めようとする推進事務局の姿勢を「あまりにも独善的」と強く批判した。特に「重大な決意」をもって述べたとされる、第6回知的財産戦略本部での意見表明は多方面に波紋を呼び、衆議院法務委員会でも取り上げられた。

以上のような経緯から、知的財産法をあまり理解していない人々の中では「知的財産制度改革そのものに反対する保守派」と誤解されがちだが、改革を推進する立場から、この分野を熟知する専門家として改革案の問題点に警鐘を鳴らし、よりよい改革にしていこうとするのが、基本的なスタンスである。

編著書『注解特許法』は、上級者向けの基本書として知られている。その他著書、共著多数。

2006年3月、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン代表に就任。

2008年3月をもって東京大学を退官し、同年4月より西村あさひ法律事務所の顧問と酒井国際特許事務所の最高顧問(酒井国際特許事務所内に中山信弘知的財産法研究所開設)に就任。

2009年4月、明治大学研究・知財戦略機構特任教授に就任。

2012年11月、紫綬褒章受章。

助教授であった30代のころに慢性腎不全と診断され、以後人工透析を続けながら研究生活を送っている[1]

学歴[編集]

職歴[編集]

  • 1969年7月 東京大学法学部助手
  • 1973年8月 東京大学法学部助教授
  • 1984年3月 東京大学法学部教授
  • 1991年4月 東京大学大学院法学政治学研究科教授
  • 2001年4月 東京大学大学院法学政治学研究科附属ビジネスローセンター教授
  • 2006年4月 東京大学大学院法学政治学研究科附属ビジネスロー・比較法政研究センター教授
  • 2008年3月 東京大学退職、弁護士登録(第一東京弁護士会所属)
  • 2008年4月 西村あさひ法律事務所顧問、酒井国際特許事務所最高顧問
  • 2008年6月 東京大学名誉教授
  • 2009年4月 明治大学研究・知財戦略機構特任教授

社会的活動[編集]

恩師[編集]

加藤一郎来栖三郎に師事。アメリカ法では伊藤正己に師事。

門下生[編集]

相澤英孝小泉直樹田村善之井上由里子島並良横山久芳小島立山神清和潮海久雄平嶋竜太大友信秀武生昌士金子敏哉ほか

著書[編集]

単著[編集]

  • 『ソフトウエアの法的保護に伴う国際問題』(総合研究開発機構, 1985年)
  • 『ソフトウェアの法的保護』(有斐閣, 1986年/新版, 1988年)
  • 『発明者権の研究』(東京大学出版会, 1987年)
  • 『特許法』(弘文堂, 1993年/第2版, 1998年)
  • 『マルチメディアと著作権』(岩波書店岩波新書], 1996年)
  • 『著作権法』(有斐閣, 2007年/第2版, 2014年)

共著[編集]

編著[編集]

  • 『工業所有権法の基礎』(青林書院新社, 1980年)
  • 『注解特許法』(青林書院新社, 1983年/第2版, 1989年/第3版, 2000年)
  • 『知的財産権研究』(東京布井出版, 1990年)

共編著[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「(ひと)中山信弘さん 人工透析を続けながら最終講義の日を迎えた東大教授」朝日新聞1月23日朝刊

関連項目[編集]

  • 知的財産権 - 日本における知的財産訴訟の現状なども記載

外部リンク[編集]