中原市五郎

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中原 市五郎(なかはら いちごろう、1867年5月15日 - 1941年3月22日)は、日本の歯科医師政治家。日本歯科医学専門学校(現:日本歯科大学)の創始者。正六位勲五等

略歴[編集]

慶応3年、信濃国伊那郡下平村(現・長野県駒ヶ根市)に生まれる。11歳で旧松本藩御殿医であった戸田義方に入門し医学を学ぶ。16歳で上京し九段で開業している歯科医岡田三百三に弟子入りし歯科技術を学び、22歳で歯科医術開業試験合格、岡田三百三の診療所を購入して開業した[1][2]。 その後東京市麹町区議会議員に当選。1907年に共立歯科医学校を設立し、1909年(明治42年)には日本歯科医学専門学校と発展させた[1]

歯科治療用器械や、補綴用装置、特に咬合器の改良、発明に熱心であったとされる[3][4]。墓所は青山霊園1-ロ3-2。

脚注[編集]

  1. ^ a b 渋谷鉱 「14 西洋近代歯科医学の導入 2近代医学へのあゆみ 現代歯科医学の発展と貢献した人々」『スタンダード歯科医学史』 学建書院東京都文京区2011年10月10日、第1版第2刷、91-92頁。ISBN 978-4-7624-0671-3
  2. ^ 新藤恵久「中原市五郎と岡田三百三」、『日本歯科医史学会々誌』第5巻第2号、日本歯科医史学会千葉県松戸市、1977年8月、 17頁、 ISSN 0287-2919NAID 110007155110
  3. ^ 新藤恵久大貫泰男「中原市五郎の歯学概論」、『日本歯科医史学会々誌』第16巻第3号、日本歯科医史学会千葉県松戸市、1990年5月、 194-195頁、 ISSN 0287-2919NAID 110007157249
  4. ^ 本間邦則「26) 中原市五郎の考案した咬合器」、『日本歯科医史学会々誌』第17巻第1号、日本歯科医史学会千葉県松戸市、1990年9月、 16頁、 ISSN 0287-2919NAID 110007157409