不気味の谷現象
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不気味の谷現象(ぶきみのたにげんしょう、英: uncanny valley)とは、ロボットや他の非人間的対象に対する人間の感情的反応に関する議論である。
目次
概要[編集]
ロボット工学者の森政弘が1970年に提唱した。森は、人間のロボットに対する感情的反応について、ロボットがその外観や動作において、より人間らしく作られるようになるにつれ、より好感的、共感的になっていくが、ある時点で突然強い嫌悪感に変わると予想した。人間の外観や動作と見分けがつかなくなると再びより強い好感に転じ、人間と同じような親近感を覚えるようになると考えた。
外見と動作が「人間にきわめて近い」ロボットと「人間と全く同じ」ロボットは、見る者の感情的反応に差がでるだろうと予想できる。この二つの感情的反応の差をグラフ化した際に現れる強い嫌悪感を表す谷を「不気味の谷」と呼ぶ。人間とロボットが生産的に共同作業を行うためには、人間がロボットに対して親近感を持ちうることが不可欠だが、「人間に近い」ロボットは、人間にとってひどく「奇妙」に感じられ、親近感を持てないことから名付けられた。
詳細[編集]
初出[編集]
- 森政弘「不気味の谷」、『Energy』第7巻第4号、エッソスタンダード石油(株)、1970年、 33-35頁。
- ブログgetroboにて再録(著者公認) http://www.getrobo.com
- ロボコンマガジンによる再録 森政弘「ロボット博士の創造への扉 第27回 不気味の谷:人型ロボットデザインへの注意」『ロボコンマガジン』、28号、(株)オーム社、2003年、49 - 51頁。
- 英訳 doi:10.1109/MRA.2012.2192811 (IEEE Robotics & Automation Magazine誌掲載)
- 上記英訳のオンライン公開版 The Uncanny Valley (K. F. MacDorman & Norri Kageki, Trans., 2012)
- 関連インタビュー An Uncanny Mind: Masahiro Mori on the Uncanny Valley and Beyond
- 以前の英訳 The uncanny valley (K. F. MacDorman & T. Minato, Trans., 2005)
『Energy』は企業広報誌だが、一般的な(企業)広報誌と異なり広範で総合的な内容を扱っていた。日本国外への紹介は The Buddha in the Robot などによる。こんにち定訳となっている英訳 "uncanny valley" の初出はJasia Reichardtの1978年の書Robots: Fact, Fiction, and Predictionである[1]。
解説[編集]
前述のように、原典はいわゆる「論文」ではないし、当時実現されていたロボットや「人のカタチをしたモノ」もまた、こんにちからは想像が少々難しいかもしれないくらいに以前のものである(大阪万博(EXPO'70)の年であり、同博覧会に出展されたロボットが参考になるかもしれない)。しかし、1980年前後に英語圏にも紹介された後、その後のロボットの発展もあり研究者らが意識したりしたこともあって、2000年前後には書店流通の雑誌に再録されるなど広く知られ、実際に調査をした論文なども書かれているテーマである。
この現象は次のように説明できる。対象が実際の人間とかけ離れている場合、人間的特徴の方が目立ち認識しやすいため、親近感を得やすい。しかし、対象がある程度「人間に近く」なってくると、非人間的特徴の方が目立ってしまい、観察者に「奇妙」な感覚をいだかせるのである[2]。 原典ではさらに、動きが加わると親近感も不気味さも大きくなると主張し、「谷」に精巧な義肢を、「谷」を越えたところに文楽人形を例に挙げている[3]。
反論[編集]
森以外のロボット工学者のなかには、人間のようなロボットは現在においては技術の可能性に過ぎず、森のグラフに根拠がないとして、この法則を強く批判する者もいる。恋人の頭部のリアルなコピーロボットを製作したデヴィッド・ハンソン (ロボット工学)は、「(不気味の谷のアイデアは)実際には疑似科学なのだが、人々がそれを科学であるかのように扱っている」と述べた[4] 。
問題点[編集]
不気味の谷の最大の問題は、V字曲線のように本当に感情的反応の肯定が回復するのかという点である。未だ「人間と全く同じ」ロボットが作られたことはなく、本当に完全な人間に近づけば好感度が増すのか、また「人間と全く同じ」になれば好感を持つのかは誰にも分からない。たとえ「人間と全く同じ」だとしても、ロボットだと聞けば不快感を持つ可能性もあり、ロボットが完璧すぎると逆に気味が悪く感じる可能性すらあるのである。
事例[編集]
映画における不気味の谷現象[編集]
この原理はコンピュータ動画のキャラクターに適用されるようになった。アメリカの映画評論家ロジャー・イーバートは、映画中の人間に類する生物のメーキャップと衣装について不気味の谷の概念を適用した。
不気味の谷はコンピュータ動画のキャラクターを作るときの難しさの原因であると考えられた。コンピュータ動画を使った映画を批評するとき、ある映画に対する嫌悪感を説明するためにときどき不気味の谷が言及される。この原則によると、人間に良い感情を抱かせるためには、不気味の谷に落ちないように、登場人物には人間的な特徴をより少なくしたほうがよいという結論になる。
- Tin Toy
- 映画における不気味の谷の存在を否定する意見への1つの反例は、ピクサー・アニメーション・スタジオの初期の作品「Tin Toy」である[要出典]。この作品に登場する赤ん坊は完全にコンピュータによって作成されていたのだが、人間っぽく見えないので、子供たちにとって恐ろしくまたは不愉快に見えることが分かるだろう。この効果はそのキャラクターが2次元的であることによって軽減されているが、過度に細かく描写されたしわと、唾液の(比較的)初歩的なレンダリングのために、キャラクターは邪悪か、さもなくば非現実的に見える。
- ファイナルファンタジー
- スクウェア・ピクチャーズの2001年の映画「ファイナルファンタジー」は興行的に失敗し、そしてしばしば不気味の谷の犠牲者として引用される[5]。この映画は写実的リアリズムのキャラクターを呼び物にした初の本格的CGI映画であった。不気味の谷理論はファイナルファンタジーのキャラクターの動きで最も顕著であると思われる。キャラクターは、目に見えるような汗をまったくかかないし、目と唇の動きは「奇怪」に見える。これら2つは恐らくコンピュータ動画で達成するべき最も困難なテクニックであろう。
- ロード・オブ・ザ・リング
- コンピュータアニメーションにおいて、それらしい人間の動きを実現し不気味の谷を「跳び越える」最も良い方法は、モーションキャプチャとキーフレーム法の両方が融合された方法であると言われている。前者は広く用いられる技術になったが、キーフレーム法はアニメーション産業全体でまだ広く使われている。
- J・R・R・トールキンの「指輪物語」を翻案した映画ロード・オブ・ザ・リングシリーズにはゴラムというキャラクターが登場したのだが、この2つのテクニックを融合させて衝撃的な効果を得た(ただし、ゴラムの目と顔はキーフレーム法のみが使用された)。また、ゴラムのアニメーションには(皮膚のきめと唇の周りの唾液のような効果を含めて)キャラクターの外観が不気味の谷の反対側に達するほどの先進的なモデリングが用いられていた。しかしながら、ゴラムに関しての1つの明白な事実は、人物が明らかに人間でない、そして初めから意図して不気味に作られている場合、同じ技法を使って形作られたとしても、人間の姿によって引き起こされるのと同じ反応を必ずしも引き起こさないということである。
- Mr.インクレディブル
- 技術の進歩にもかかわらず、2004年の2つのCGI映画「Mr.インクレディブル」と「ポーラー・エクスプレス」に不気味の谷が影響を与えたと言われている[要出典]。公開日が近かったために2つの映画は多くの批評家に比較されることになったが、(多くの批評家によって「不安を感じさせる」と描写された[要出典])「ポーラー・エクスプレス」のより人間に近いキャラクターよりも、意図的に形式化した「Mr.インクレディブル」のキャラクターの方が好まれた[要出典]。ピクサーは「Mr.インクレディブル」でキャラクターを形式化した理由は、キャラクターをよりリアルにすることができなかったためではなく、不気味の谷を避ける試みであったと述べた[要出典]。
- アニマトリックス
- CGアニメーション「アニマトリックス」中の「ファイナル・フライト・オブ・ザ・オシリス」も同じく不気味の谷の犠牲になった。これは「ファイナルファンタジー」と同じ技術で製作されたものであるが、ある意味不気味になることを狙っていた。「ファイナル・フライト・オブ・ザ・オシリス」で登場するような不気味の谷の特徴を持っているキャラクターのエロチックな映像は、「性的に興奮させる」「人外である」という矛盾するメッセージを与えるために、特に不安を感じさせる。
- A.I.
- 不気味の谷はロボティックスを扱った映画の筋として用いられることもある。「A.I.」は新型のアンドロイドがリアルに作られていることに多くの人々が不安を感じている未来世界を描いている。例えば、「肉体祭り」と呼ばれるロボット破壊競技を見て大喜びする騒々しい群衆が、次の引き裂かれる対象がリアルな少年のロボットであると、急に愛らしい人間のように思われて静まり返る。
- アイ,ロボット
- 「アイ,ロボット」では、USロボティックス社の最新型ロボットは表情と外観がよりいっそう人間に類似している。これが、旧型の箱型金属ロボットに悩ませられていた主人公デル・スプーナをより不安にさせる。「なぜ彼らに顔を付けた?」彼は一面に並ぶまったく同じ外見の新型ロボットを凝視しながらロボットのプログラマーの1人に尋ねる。そして彼は拳銃を至近距離からロボットの「顔面」に発砲、撃ち壊すのだが、それは、彼が「人間」を「処刑」する光景に息をのむであろう映画の観客に、彼の不安が正しいことを効果的に表す。
人形と不気味の谷[編集]
1970年代に実在の人間からそのまま型を取ってマネキン人形を作成するFCR技術が登場し、人間と区別のつきにくい「スーパーリアルマネキン」と呼ばれる精巧なマネキン人形が流行した。しかし、リアルすぎるマネキン人形への忌避感からマネキン人形に着せた服が売れないという問題が発生し、スーパーリアルマネキンは衰退した[6]。近年の人形制作産業では、不気味の谷に落ち込まないように、実物に似せることよりも人形としての美や実用性を念頭に作成されている[6]。
猿における不気味の谷[編集]
不気味の谷現象は猿にも見られる。プリンストン大学のShawn A. SteckenfingerとAsif A. Ghazanfarが行った研究によると、5匹のカニクイザルに対し、猿の顔のデフォルメ画像、実物に近いCG画像、実物写真をそれぞれ見せたところ、実物に近いCG画像を凝視する回数が有意に少ないということが明らかになった [7][8]。
アナロジーとしての不気味の谷[編集]
ESPNの「ページ2」では、コラムニストのパトリック・ハルビー (Patrick Hurby) が伝統的なセンスにおける不気味の谷を説明している[9]。ここでは"マッデンNFL 06"のプレーヤーが、多くのCGI映画を脅かしている困惑するほど人間そっくりなキャラクターの特徴を示すことを指摘している。このコラムでは不気味の谷という用語を、毎年最下位のチームのファンと毎年準優勝するチームのファンのどちらがより多く経験するかについての、きちんと文書で立証された類似性の討論に拡張した。ハルビーは、レッドソックスネーションのような毎年準優勝するチームのファンの方が、チームの明白な優勝の可能性と、優勝を目前にしてわずかに達しない歴史の間に横たわる「不気味の谷」のために一層苦しむと考えた。
drunkenblogの論文では、多くのコンピュータ・プログラマがAppleScriptプログラミング言語を使うとき経験するフラストレーションを表現するために、不気味の谷のアナロジーを使う。[要出典]
また自然言語処理、具体的には、音声認識、日本語入力での誤変換、翻訳ソフトに対する過剰ないらだちも、なまじ人間に近いが不完全な結果を出す、という点で類似点がある[要出典]。
森正弥は、E-Commerce等で広く使用されるレコメンデーションシステムにおいても同様の現象があると指摘している。ユーザーの好みに近い情報や商品を提示していくレコメンデーションも最初は興味をもってユーザーは反応してくれるが、あまりにもユーザーの好みやコンテキストを捉えすぎると、強い嫌悪感を誘発しかねない。いわゆるビッグデータの活用等によるレコメンデーションシステムもこの「不気味の谷」が提起している問題に十分に配慮する必要があるのではないかということである[10]。
脚注[編集]
- ^ IEEE Spectrum blog, An Uncanny Mind: Masahiro Mori on the Uncanny Valley and Beyond より
- ^ 「不気味の谷」 by 森 政弘
- ^ 「不気味の谷」 by 森 政弘
- ^ David Hanson, Andrew Olney, Ismar A. Pereira & Marge Zielke (2005). Upending the Uncanny Valley. PROCEEDINGS OF THE NATIONAL CONFERENCE ON ARTIFICIAL INTELLIGENCE, 20, p. 1728-1729.
- ^ 植田一博 2013, p. 833.
- ^ a b 西村 2008, pp. 199-235.
- ^ Monkey visual behavior falls into the uncanny valley
- ^ “リアルすぎる不安:『不気味の谷』現象をサルで”. wired.jp. 2013年11月21日閲覧。
- ^ Partrick Hurby (2005年11月22日). “Reality Bytes”. ESPN 2013年11月21日閲覧。
- ^ 研究開発リーダー2014年12月号「特集『ビッグデータの分析から見えてくる研究開発テーマの発掘』」(技術情報協会) ISSN 1349-1393
参考文献[編集]
| 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2010年9月) |
- H. Ishiguro (2005). “Android science: Toward a new cross-disciplinary framework”. CogSci-2005 Workshop: Toward Social Mechanisms of Android Science: pp.1–6.
- MacDorman, K. F. (2005). “Androids as an experimental apparatus: Why is there an uncanny valley and can we exploit it?”. CogSci-2005 Workshop: Toward Social Mechanisms of Android Science: 106-118. (An English translation of Mori's "The Uncanny Valley" made by Karl MacDorman and Takashi Minato appears in Appendix B of the paper.)
- MacDorman, Karl F.; Ishiguro, H. (2006). “The uncanny advantage of using androids in cognitive science research”. Interaction Studies 7 (3): 297-337.
- MacDorman, K. F. (2006). “Subjective ratings of robot video clips for human likeness, familiarity, and eeriness: An exploration of the uncanny valley”. ICCS/CogSci-2006 Long Symposium: Toward Social Mechanisms of Android Science July 26, 2005. Vancouver, Canada..
- 山田尚子 (2007年10月22日). “ココロ「不気味の谷」を越えるレベルにまで到達したのではないでしょうか”. ロボット業界最前線. robonable. 2015年1月19日閲覧。
- Yuki Yamada; Takahiro Kawabe; Keiko Ihaya (2013). “Categorization difficulty is associated with negative evaluation in the “uncanny valley” phenomenon”. Japanese Psychological Research 55 (1): 20-32.
- 植田一博「アニマシー知覚:人工物から感じられる生物らしさ」、『日本ロボット学会誌』第31巻第9号、2013年11月、 833-835頁。
- 西村大志、井上章一(編)、2008、「「人体模倣」における生と死」、『性欲の文化史』1、 講談社〈講談社選書メチエ〉 ISBN 9784062584258
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- アンドロイドと「不気味の谷」 大阪大学知能ロボット学研究室[リンク切れ]
- 不気味の谷 J- Net21 中小企業ビジネス支援サイト 中小企業基盤整備機構
