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不可知論的無神論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

不可知論的無神論(ふかちろんてきむしんろん、: Agnostic atheism、または無神論的不可知論: atheistic agnosticism)とは、「無神論[1]」と「不可知論[2]」の両方を包含する哲学的立場である。不可知論的無神論者は、いかなる神の存在も信じていないという点で無神論的であり、神的存在の有無が原理的に知り得ないか、あるいは現時点では事実として知られていないと主張するという点で不可知論的である。 不可知論的無神論者は、不可知論的有神論と対比されることがある。不可知論的有神論者は、神または複数の神の存在を信じてはいるが、その存在または非存在が未知であるか、原理的に知り得ないと主張する[3][4][5]

歴史

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国別の無宗教人口、2010年[6]

不可知論的無神論の初期の定義は、神学者・哲学者であるロバート・フリント英語版によるものであり、彼の1887年から1888年にかけてのクロール講義 ( : Croall Lecture1903年に『不可知論(Agnosticism ) 』として出版 )に記されている。

無神論者は、不可知論者であることがあり、実際しばしばそうである。不可知論的無神論、あるいは無神論的不可知論というものが存在し、無神論と不可知論の組み合わせは、そう呼ばれるに値するものであり、決して珍しいものではない — フリント、(Flint 1903, pp. 49–51)。
ある人が、神の存在を信じるに足る十分な理由を見出せなかった場合、その人が神の存在を信じないのは、まったく自然で合理的なことである。そしてその場合、その人は無神論者である……さらに進んで、人間の知識の性質と限界についての探究を経て、神の存在は証明不可能であるという結論に至り、それが真であると知ることができないという理由で信仰をやめるならば、その人は不可知論者であり、同時に無神論者でもある——不可知論的無神論者である——不可知論者であるがゆえに無神論者である……したがって、不可知論と無神論を同一視するのは誤りであるが、それらを互いに排他的なものとして分離するのもまた誤りである — フリント、(Flint 1903, pp. 49–51)。

1885年、一般に「高名な不可知論者」として知られるロバート・グリーン・インガーソルは、不可知論と無神論の比較的立場を次のように解説している[7]

不可知論者は無神論者である。無神論者は不可知論者である。不可知論者は「私は知らない。しかし神が存在するとは信じていない」と言う。無神論者も同じことを言う — Jacoby、(Jacoby 2013, p. 17)。

認識論的議論

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認識論 ( : Epistemology ) [8]」に基づく、あるいは不可知論的な無神論は、人間が神を知ることも、その存在を判断することもできないと主張する。認識論的無神論の基盤は不可知論であり、その形態は多様である。

内在 : immanence ) [9]」の哲学においては、神性は世界そのもの——人間の精神を含む——と不可分であり、各人の意識は常に主観の内部に閉じ込められている。この種の不可知論によれば、認識の限界によって、神の存在を信じることからその存在を客観的に推論することは不可能となる。

イマヌエル・カント啓蒙時代に見られる合理主義的不可知論は、人間理性によって導かれる知識のみを受け入れる。この立場に基づく無神論では、神々は原理的に認識不可能であり、したがってその存在を知ることもできないとされる。

懐疑主義デイヴィッド・ヒュームの思想に基づき、いかなる事柄についても確実性は不可能であると主張する。したがって、神が存在するか否かを確実に知ることはできない。しかしヒューム自身は、観察不可能な形而上学的概念は「詭弁と幻想(sophistry and illusion)」として退けるべきだと考えていた。

不可知論を無神論に分類するかどうかは議論が分かれており、不可知論は独立した基本的世界観と見なすこともできる。

他にも、論理実証主義イグノスティシズム英語版など、認識論的または存在論的に分類される無神論の議論がある。これらは「神」や「神は全能である」といった基本的な語句や命題が無意味または理解不能であると主張する。

神学的非認知主義英語版は、「神は存在する」という命題は命題としての意味を持たず、無意味または認知的に空虚であるとする。このような立場の人々を無神論または不可知論に分類できるかどうかについては、両論が存在する。

哲学者のアルフレッド・エイヤーセオドア・ドレインジ英語版は、両者の立場(無神論・不可知論)が「神は存在する」という命題を前提としている点で共通しているとし、非認知主義はそれらとは異なる独自のカテゴリーに属すると主張している[10][11]

脚注

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  1. ^ 柴田 1998, p. 1569.
  2. ^ 大森 1998, p. 1366.
  3. ^ Harrison 1984, p. 21.
  4. ^ Smith 1979, pp. 10–11.
  5. ^ Dan 2008, p. 96.
  6. ^ Religious Composition by Country, 2010-2050” (英語). Pew Research Center's Religion & Public Life Project (2015年4月2日). 2020年4月27日閲覧。
  7. ^ Jacoby 2013, p. 17.
  8. ^ 赤松 1998, pp. 1242–1243.
  9. ^ L. アルムブルスター 1998, pp. 1191–1192.
  10. ^ Ayer 1946, pp. 115–116.
  11. ^ Drange 1998.

参考文献

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  • Ayer, A. J. (1946). Language, Truth and Logic. Dover. pp. 115–116. "In a footnote, Ayer attributes this view to "Professor H. H. Price"." 
  • Barker, Dan (2008). Godless: How an Evangelical Preacher Became One of America's Leading Atheists. New York: Ulysses Press. p. 96. ISBN 9781569756775. OL 24313839M. https://books.google.com/books?id=fAjPWYgIfCoC&q=%22both+an+atheist+and+an+agnostic%22&pg=PA96. "人々は、私が「無神論者であり、同時に不可知論者でもある」と言うと、決まって驚いた顔をする。まるでそれが私の確信を弱めるかのように。私はたいていこう問い返す。「あなたは共和党員ですか、それともアメリカ人ですか?」この二つの言葉は異なる概念を表しており、互いに排他的ではない。不可知論は「知識」に関わり、無神論は「信仰」に関わる。 不可知論者は「神の存在についての知識を持っていない」と言い、無神論者は「神の存在を信じていない」と言う。この二つは同時に言えることなのだ。 不可知論者の中には無神論的な人もいれば、有神論的な人もいる。
    ( : People are invariably surprised to hear me say I am both an atheist and an agnostic, as if this somehow weakens my certainty. I usually reply with a question like, “Well, are you a Republican or an American?” The two words serve different concepts and are not mutually exclusive. Agnosticism addresses knowledge; atheism addresses belief. The agnostic says, “I don't have a knowledge that God exists.” The atheist says, “I don't have a belief that God exists.” You can say both things at the same time. Some agnostics are atheistic and some are theistic. )
    "
     
  • Drange, Theodore M. (1998). Atheism, Agnosticism, Noncognitivism. Secular Web Library, Internet Infidels. http://www.infidels.org/library/modern/theodore_drange/definition.html 2007年4月7日閲覧。 
  • Harrison, Alexander James (1894). The Ascent of Faith: or, the Grounds of Certainty in Science and Religion. London: Hodder and Stroughton. p. 21. OCLC 7234849. OL 21834002M. https://books.google.com/books?id=c3QrAAAAYAAJ&pg=PA21. "神の存在を認める種類の不可知論を『不可知論的有神論』と呼び、神の存在を認めない種類の不可知論を『不可知論的無神論』と呼ぶことにしよう。
    ( : Let Agnostic Theism stand for that kind of Agnosticism which admits a Divine existence; Agnostic Atheism for that kind of Agnosticism which thinks it does not. )
    "
     
  • Jacoby, Susan (2013). The Great Agnostic. Yale University Press. p. 17. ISBN 978-0-300-13725-5 
  • Smith, George H (1979). Atheism: The Case Against God. Prometheus Books. pp. 10–11. ISBN 9780879751241. https://books.google.com/books?id=FI7ZAAAAMAAJ&q=agnostic+theist. "厳密に言えば、不可知論は有神論と無神論に対する第三の選択肢ではない。というのも、それは宗教的信念の異なる側面を扱っているからである。有神論と無神論は、神を信じるか否かという「信仰の有無」に関わる。また、不可知論は、神や超自然的存在に関する「知識の不可能性」に関係する。「不可知論者」という語は、それ自体では神を信じているかどうか示さない。不可知論は、有神論的にも無神論的にもなり得るのである。
    ( : Properly considered, agnosticism is not a third alternative to theism and atheism because it is concerned with a different aspect of religious belief. Theism and atheism refer to the presence or absence of belief in a god; agnosticism refers to the impossibility of knowledge with regard to a god or supernatural being. The term "agnostic" does not, in itself, indicate whether or not one believes in a god. Agnosticism can be either theistic or atheistic. )
    "
     
  • Flint, Robert (1903). Agnosticism: The Croall Lecture for 1887–88. William Blackwood and Sons. pp. 49–51. OL 7193167M. https://books.google.com/books?id=DWMtAAAAYAAJ&pg=PA49 
  • L. アルムブルスター 著「内在」、廣松渉; 子安宣邦; 三島憲一; 宮本久雄 編『岩波 哲学・思想辞典』(第1版)岩波書店、日本、1998年、1191-1192頁。ISBN 4-00-080089-2 
  • 赤松昭彦 著「認識論」、廣松渉; 子安宣邦; 三島憲一; 宮本久雄 編『岩波 哲学・思想辞典』(第1版)岩波書店、日本、1998年、1242-1243頁。ISBN 4-00-080089-2 
  • 大森正樹 著「不可知論」、廣松渉; 子安宣邦; 三島憲一; 宮本久雄 編『岩波 哲学・思想辞典』(第1版)岩波書店、日本、1998年、1366頁。ISBN 4-00-080089-2 
  • 柴田隆行 著「無神論」、廣松渉; 子安宣邦; 三島憲一; 宮本久雄 編『岩波 哲学・思想辞典』(第1版)岩波書店、日本、1998年、1569頁。ISBN 4-00-080089-2 

関連書籍

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関連項目

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