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不信任決議

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

不信任決議(ふしんにんけつぎ)は、議会で不信任を決議することである。本項では、日本の地方自治体や国会における不信任決議について述べる。

日本の地方自治体での首長不信任決議

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日本の地方自治体の議会には、地方自治法により普通地方公共団体の長に対する不信任決議が認められている。なお、日本の普通地方公共団体の長の不信任について地方自治法は「決議」ではなく「議決」の文言を用いている[1]

要件

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地方自治法第178条の規定により、議員数の3分の2以上が出席する都道府県または市町村の議会の本会議において、4分の3以上の賛成により成立する。地方自治法第281条以下に定められた東京都特別区においても、この規定が適用される。

不信任議決の要件は次の2つである(地方自治法第178条第3項)。

  1. 議員数の3分の2以上の者が出席
  2. 出席議員の4分の3以上の者が賛成

また、非常の災害による応急若しくは復旧の施設のために必要な経費又は感染症予防のために必要な経費を削除又は減額されたため長が再議に付した場合に、なお議会が削除又は減額すれば、首長はその議決を不信任の議決とみなすことができると規定されている(地方自治法第177条第3項)。

普通地方公共団体の議会において、当該普通地方公共団体の長の不信任の議決をしたときは、直ちに議長からその旨を当該普通地方公共団体の長に通知しなければならない(地方自治法第178条第1項前段)。

「不信任の議決」の解釈

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地方自治法第178条に定義される「不信任の議決」の解釈については、議会が首長に対する辞職勧告決議問責決議を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の賛成により可決した場合、首長に対する信任決議案を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の反対により否決した場合、首長が提案した重要議案を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の反対により否決した場合、議会が首長を刑事告発する決議をした(この具体的事例については後述)場合、などが含まれるか否か、という点で疑義を生じている。

以下のような判例または裁判例がある。

  • 「不信任の議決」とみなせるものを同法第177条第4項に該当するものに限定する(鹿児島地裁昭和25年11月21日判決)
  • 辞職勧告決議案の可決・信任決議案の否決や客観的に首長に対する不信任の意思を表明すると認められる議決は「不信任の議決」に含まれるとする(和歌山地裁昭和27年3月31日判決)
  • 首長が提案した重要議案を議会が4分の3以上の反対により否決した場合が含まれるとする(松江地裁昭和28年3月25日判決)
  • 辞職勧告決議は「不信任の議決」に含まれるがそれ以外の議決は含まれないとする説(青森地裁昭和33年2月27日判決)

効果

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不信任議決があったときは、議長は直ちに首長に通知する。不信任決議を受けた首長は、10日以内に議会を解散することができる(地方自治法第178条第1項後段)。解散しなければ10日が経過した時点で失職する(地方自治法第178条第2項)。また、議会を解散した場合において、選挙後に初めて招集された議会で再び不信任決議案が提出された場合は出席議員の過半数の賛成で成立し、首長は議長から通知があった日において失職する(地方自治法第178条第2項・第3項)。

首長に対する不信任決議は成立要件が非常に厳しく、議員にとっても首長からの解散による失職のリスクを伴う。そのため、政治情勢によっては代わりに拘束力のない辞職勧告決議が決議されることもある。

特殊な事例

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不信任決議案は首長の施策への批判や不祥事、市政の混乱を理由に提出される場合が多いが、首長が疾病を発症して職務不可能となり復帰の見通しが立たず、首長本人が意識不明で辞職の意思表示ができないため、不信任決議案を提出、可決し自動失職させるという手法がとられた例がある(後述)。

地方自治法などにはそのような際に首長を失職させるための規定が設けられていない。秋田県知事鈴木健太は法的な不備であると指摘しており、総務大臣林芳正は「本人の意思表示がない中で失職とすることが許容され得るか、仮にそのような状況が考えられる場合に、その該当性をどのように判断し得るか」などという論点があるとしたうえで、要望があれば論点を踏まえて対応していくと述べた[2]

  • 2026年2月、秋田県八郎潟町長の畠山菊夫は、執務中に脳出血で倒れて病院に搬送され、緊急手術を受けて入院した。副町長の小野良幸が町長職務代理者に就いたが、その後約3か月を経ても意識不明の状態が続き、4月20日、畠山の妻が「町長としての執務は不可能であり、処遇は町議会に一任する」という要請書を提出した。しかし、地方自治法の規定では親族による申し出があっても町長本人による辞職の意思表示がないため退職は認められず、同月28日の町議会で小野副町長は「町長職を辞するためには議会の不信任決議が最も迅速な手段だ」と述べ、町議会は全員協議会でこれに応じることを全会一致で決めた。副町長は「苦渋の決断」、議長は「町長本人の名誉のためにも不信任という言葉を使わない議案名を議員たちと考えている」とした[3][4]。5月8日、町議会臨時会で「畠山町長が病気により職を辞することについて」という議案名の不信任決議案が賛成多数(出席12名のうち退席1名、反対1名)で可決された[5][6]。10日後の同月19日、畠山は自動失職した[7]

可決例

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肩書きはいずれも当時。

都道府県知事に対して

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可決年月日 都道府県 不信任対象者 提出理由 選択 その後
1976年12月14日岐阜県平野三郎汚職事件による書類送検辞職可決当日に辞職。
2002年7月5日長野県田中康夫議会との対立失職出直し選挙に立候補して当選。
2003年3月20日徳島県大田正議会との対立失職出直し選挙に立候補して落選。
2006年12月1日宮崎県安藤忠恕宮崎県官製談合事件への関与の疑い辞職失職を選択し出直し選挙に立候補する構えを見せていたが3日後に辞職。
2024年9月19日兵庫県齋藤元彦兵庫県庁内部告発文書問題による県政の混乱失職出直し選挙に立候補して当選。

市町村長に対して

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可決年月日 自治体名 不信任対象者 提出理由 選択 その後
1959年2月20日山口県山口市長井秋穂公印不正使用や不渡手形の乱発による書類送検解散逮捕後に市議会解散を選択したが、
市長に対するリコール運動の盛り上がりから5月22日に辞職。
1964年9月10日滋賀県能登川町中村甚試町議会多数派との対立解散改選後の町議会で再度不信任を受け失職。
同年12月11日に行われた出直し町長選に立候補して再度当選。
1967年4月1日埼玉県加須市中田重蔵議会軽視解散改選後の市議会で再度不信任を受け失職。
出直し市長選に立候補したが落選。
1969年10月17日佐賀県鳥栖市安原謙市水道汚職問題解散改選後の市議会で再度不信任を受け失職[8]
1969年12月22日長野県更埴市坂口登独善的な市政運営解散改選後の市議会で再度不信任を受け失職。
出直し市長選に立候補したが落選。
1972年10月7日大阪府堺市土師半六浪速医科大学不正事件で逮捕辞職
1973年12月20日茨城県岩井市富山光男収賄容疑で逮捕解散改選後の市議会で再度不信任を受け失職。
翌年4月28日に行われた出直し市長選に立候補したが落選。
1974年6月21日大阪府松原市長谷川正彦補正予算の専決処分解散改選後の市議会で再度不信任を受け失職。
1978年10月23日長崎県西有家町梶原菊千代収賄罪で逮捕解散 拘置中のまま解散を判断。
1981年2月17日東京都小金井市星野平壽公務出張に私的に親しい女性を同伴させたため解散改選後の市議会で不信任が確実になったことから4月15日に辞任を表明。
1985年8月8日愛媛県大西町神野晏至収賄罪で逮捕解散神野は拘置中のまま解散を判断。
1991年4月2日香川県観音寺市今津礼二郎市議会多数派との対立解散改選後の市議会でも反市長派が多数を占め再度不信任を受け失職。
7月1日に行われた出直し市長選で当選。
1996年8月4日島根県益田市田中八洲男私立大学誘致を巡る対立解散市長就任翌日の不信任提出。
市議会議員の任期が25日までしかなかったことから、
市長と同時に改選された新しい市議の任期が13日からに繰り上げ。
2005年6月23日奈良県奈良市鍵田忠兵衛公職選挙法違反容疑で書類送検解散自身も辞職の上、市長選挙に立候補したが落選。
2006年4月25日愛知県大治町伊藤義範大雨洪水警報発表中に私用でのゴルフや議場での暴言辞職
2006年6月28日静岡県新居町古橋武司市町村合併の路線対立解散自身も辞職の上、町長選挙に立候補したが落選。
2006年8月18日宮城県七ヶ宿町高橋国雄町有林の立ち木売り払いを巡る不手際解散自身も辞職の上、町長選挙に立候補したが落選。
2007年1月9日愛媛県松野町岡武男市町村合併の路線対立解散町議選の結果、町長派が多数派となった。
2007年3月29日兵庫県加西市中川暢三職員採用及び市長公用車の使用に関する不正の疑い解散市議選後の5月13日に不信任決議が再可決され失職。
出直し市長選挙に立候補し当選。
2007年9月3日大阪府東大阪市長尾淳三市議会多数派との対立失職議会の任期満了が近かったためもあり、失職を選択。
出直し市長選挙で野田義和に敗れ落選。
2009年2月6日鹿児島県阿久根市竹原信一市政運営を巡る混乱解散市議選後の4月17日に不信任決議が再可決し失職。
出直し市長選挙としてに立候補し当選。
2009年3月24日愛知県西尾市中村晃毅受託収賄罪で逮捕解散 拘置中のまま市議会解散を選択。
市議選後の5月20日に不信任決議を再可決され失職。
2009年4月20日 三重県尾鷲市 奥田尚佳 税理士法違反で罰金刑 解散 市議選では、不信任に賛成した議員は全員再選。
市議選後の6月19日に不信任決議が再可決し失職。
出直し市長選挙に立候補したが落選。
2009年8月7日 宮崎県えびの市 宮崎道公 競売入札妨害で逮捕 解散 その後市長を辞職。
2009年10月9日 千葉県本埜村 小川利彦 市町村合併を巡る対応の混乱 解散 村議選後、議会召集を求めたが小川が拒否。
その後行われた住民投票により失職。
2010年9月2日 埼玉県草加市 木下博信 収賄罪で有罪判決を受けた元助役を公共の場を利用し擁護したため 解散 市議選後の10月27日に不信任決議が再可決され失職。
出直し市長選挙に立候補したが落選。
2011年3月28日 千葉県白井市 横山久雅子 自身の政治団体への寄付
有権者への年賀状の発送の公職選挙法違反
市議会で否決された北総鉄道への補助金支出を専決処分で実施
失職 当初、市議会を解散する意向だったが実施せず。
出直し市長選挙に立候補したが落選。
2011年8月26日 青森県藤崎町 小田桐智高 町政運営の混乱 解散 町議選後の10月18日に不信任決議が再可決され失職。
出直し町長選挙に立候補したが落選。
2012年12月20日 福島県双葉町 井戸川克隆 東京電力福島第一原発事故で生じた汚染土壌を搬入する
放射性廃棄物中間貯蔵施設についての福島県と双葉郡8町村の会議に欠席
解散 その後町長を辞職。
2013年1月9日 愛媛県西条市 青野勝 選挙公約に反し市役所新庁舎の工事を継続したため 解散 選挙後も混乱は続いたが不信任決議の再可決は行わず。
2013年6月10日 兵庫県上郡町 工藤崇 町議会多数派との対立 解散 同日、体調不良を理由に辞職。
2015年3月16日 宮城県大衡村 跡部昌洋 ハラスメント行為による損害賠償 解散 2日後に村長を辞職。
2015年8月3日 北海道福島町 佐藤卓也 事前収賄罪で逮捕 失職
2017年10月27日 福岡県太宰府市 芦刈茂 選挙公約の撤回や副市長の解任など市政運営を巡る混乱 解散 市議選後の12月12日に不信任決議が再可決され失職[9]
2018年7月27日 群馬県みなかみ町 前田善成 セクハラ疑惑 解散 町議選で町長派の候補が大敗。
責任を取る形で9月10日に辞職願を提出したが、
9月18日の町議会で受理せず不信任決議を再可決し失職[10][11][12][13][14]
2019年3月13日 静岡県松崎町 長嶋精一 道の駅への地元産品直売所の建設などを巡る議会との対立 解散 町議選は任期満了に伴い4月21日の投開票が決定していたため、予定通り実施[15]
町議選で、定員8に対し町長派の候補者が6人当選[16]
再度の不信任決議提出は見送られた。
2019年12月13日 滋賀県甲良町 野瀬喜久男 選挙はがきなどにおける虚偽記載 失職 出直し町長選挙に立候補し当選。
2020年3月24日 奈良県宇陀市 高見省次 保養施設指定管理者の専決処分対応などに関する議会との対立 解散 市議選後の5月15日に不信任決議が再可決され失職。
出直し市長選挙に立候補したが金剛一智に敗れ落選。
2022年6月17日 東京都あきる野市 村木英幸 介護老人福祉施設の誘致を巡る対応 解散 市議選後の7月28日に不信任決議が再可決され失職。
出直し市長選挙に立候補したが中嶋博行に敗れ落選[17][18][19]
村木は不信任決議が違法であるとして東京地裁に決議取消しを求め提訴したが棄却された[20]
2022年9月16日 富山県舟橋村 古越邦男 村役場内でのハラスメント問題 解散 村議選後の10月26日に不信任決議が再可決され失職[21][22]
2022年9月26日 兵庫県太子町 服部千秋 町教育長のセクハラ問題への消極的な対応 失職 出直し町長選挙で反町長派が支援した新人に敗れ落選[23][24][25]
2024年12月20日 大阪府岸和田市 永野耕平 女性問題を巡る訴訟 解散 市議選後の2025年2月17日に不信任決議が再可決され失職。
出直し市長選挙に立候補したが落選[26][27][28][29][30]
2025年1月30日 秋田県鹿角市 関厚 第三者委員会による市職員へのパワハラ行為の認定 解散 市議選は任期満了に伴い3月9日の投開票が決定していたため、予定通り実施[31]
市議選後の3月21日、不信任決議案が再可決され失職[32]
出直し市長選挙に立候補したが、笹本真司に敗れ落選[33]
2025年6月18日 沖縄県石垣市 中山義隆 市が提出した国民健康保険事業の特別会計補正予算への日付改竄 失職 出直し市長選挙に立候補し当選[34][35][36]
2025年9月1日 静岡県伊東市 田久保眞紀 学歴詐称問題による市政の混乱 解散 市議選後の10月31日に不信任決議が再可決され失職[37][38][39][40][41]
同年12月14日執行の出直し市長選挙に立候補したが、元市議の杉本憲也に敗れ落選[42]
2025年9月26日 沖縄県南城市 古謝景春 第三者委員会による市職員へのセクハラ行為の認定 解散 市議選後の11月16日に市議会に辞職願を提出したが、
市議会は受理せず、翌17日に2度目の不信任決議が再可決され失職[43]
出直し市長選挙には立候補しなかった。
2025年12月12日 熊本県球磨村 松谷浩一 村有施設の指定管理者による賃金未払いが1年以上解決できていない
議会の議決なしに村有地を無償貸与
辞職 村議会議員の任期満了が近いことから、
村長選・村議選を同日選挙にするために村長の辞職後に村議会を自主的に解散[44][45]
松谷は出直し村長選挙に立候補したが元県職員の大岩禎一に敗れ落選[46]
2026年3月18日 愛媛県西条市 高橋敏明 独善的な市政運営
第三者委員会による市職員へのパワハラ行為の認定
失職 出直し市長選挙に立候補したが[47]、元副市長の越智三義に敗れ落選。
2026年3月19日 茨城県石岡市 谷島洋司 独善的な市政運営
不適切な発言や市職員の相次ぐ不祥事による市政の混乱
解散 市議選後の5月14日に不信任決議案が再可決され失職[48]
出直し市長選挙に立候補したが、元茨城県議会議員の戸井田和之に敗れ落選。
2026年5月8日 秋田県八郎潟町 畠山菊夫 疾病により意識不明状態で自ら進退意思を表明できず
町長夫人が町議会に処遇を一任したため
失職 法手続き上は不信任決議だが、決議案の題名を「畠山町長が病気により職を辞することについて」として不信任の文言を使わない配慮を行った[49]

特別区の区長に対して

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(以下○○区とあるのはすべて東京都の特別区である(記載時点では東京都にのみ特別区が存在している))

可決年月日特別区不信任対象者 提出理由 選択その後
1967年5月17日練馬区須田操[注 1] 不明 解散区議会を解散したものの、改選後の区議会では与党が過半数割れし6月2日に辞意を表明(21日付で区長退任)。
1993年9月21日葛飾区出口晴三 公職選挙法違反 解散区議会を解散したものの、改選後の区議会で再度不信任案が可決されて失職。再可決前に逮捕。
1999年4月1日足立区吉田万三 区政運営を巡る対立 解散5月28日に不信任決議が再可決され、失職。出直し区長選挙に立候補したが、落選。

地方自治法上の「不信任の議決」が成立しているか争いがある事例として、東京都千代田区石川雅己区長が行った区議会の解散通知(2020年7月28日)の根拠が挙げられる。区議会は同月27日に、石川区長を地方自治法違反(偽証、証言拒否)の疑いで刑事告発する旨の決議を行ったところ、石川区長がこの決議は区議会の解散根拠となりうる「不信任決議」であるとして、前述の区議会の解散通知を行った。一方区議会の小林孝也議長は、前述の刑事告発決議は、区議会の解散根拠となりうる「不信任決議」にはあたらず、よって前述の区議会の解散通知は無効であるとして解散に応じないとしている[50]。25人の区議全員が解散の無効と執行停止を求め提訴し、 8月7日、東京地方裁判所は議会による刑事告発は不信任議決と同一とはいえないとして、解散通知の効力を停止する決定をした[51]。決定を受け石川は11日に解散通知を取り消し、謝罪した[52]。2021年8月29日、東京地裁は解散通知について「告発は捜査機関に処罰を求めるものにすぎず、不信任には当たらない。解散処分は要件を欠いており、違法」とした上で、石川が既に取り消したことを理由に処分の無効確認の訴えを却下した[53]

国会での不信任決議

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国会で不信任決議を行う場合、憲法上規定されている衆議院本会議における出席議員の過半数による内閣不信任決議日本国憲法第56条第2項第69条)とそれ以外の法的拘束力のない不信任決議がある。法的拘束力がない不信任決議の対象は衆参両院の役員(議長・副議長・委員長・事務総長等)及び個々の政治任用職にある者(国務大臣・副大臣等)に対して用いられる。衆参両院の役員に対しては、委員会で不信任決議を行う場合がある。慣例上、法的効果の有無に関わらず先決問題とされ、基本的には最優先で審議される。

政治任用職者への不信任決議

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衆議院において内閣全体ではなく個々の閣僚に対して不信任決議がなされることもあるが、法的に辞職を強制するものではなく憲法第69条のような効果も生じない[54][55]。ただし、個々の閣僚に対する不信任決議であっても、内閣はこれを内閣全体の基本政策に対する不信任の意思表示であるとみて衆議院を解散しあるいは総辞職することは可能と解されている[56]。なお、参議院では政治任用職にある者(国務大臣・副大臣等)に対しては問責決議が行われている。

1992年のPKO国会では、PKO法案の採決引き伸ばしを狙う野党が、議事妨害の一環として、先決問題である閣僚不信任案を全員分一件ずつ提出してはその度に討論と記名投票を行わせる構えを見せた。これに対して与党は内閣信任決議案を提出し可決させた。その上で、内閣信任決議が行われた以上は、個別の閣僚に対する不信任案の審議は一事不再議の慣例に抵触するため不要であるとした。

衆議院本会議での国務大臣等への不信任決議議決例
本会議採決日対象者役職採決票差備考
 
1948年(昭和23年)6月24日西尾末広国務大臣否決17820931日本国憲法下初の閣僚不信任決議採決。いわゆる無任所大臣副総理
1949年(昭和24年)11月25日森幸太郎農林大臣否決120239119他に同種1案あり。一事不再議により採決せず。
1950年(昭和25年)3月4日池田勇人大蔵大臣
通商産業大臣
否決9917879他に同種1案あり。一事不再議により採決せず。
1951年(昭和26年)3月29日吉田茂外務大臣否決少数多数不明起立採決。
1951年(昭和26年)3月31日大橋武夫国務大臣法務総裁否決少数多数不明起立採決。
1951年(昭和26年)11月8日池田勇人大蔵大臣否決少数多数不明起立採決。議事日程上1案。
(個別2案の一括採決ではない。)
根本龍太郎農林大臣
1952年(昭和27年)2月27日岡崎勝男国務大臣否決少数多数不明起立採決。補職は賠償庁長官。
1952年(昭和27年)6月10日木村篤太郎法務総裁否決少数多数不明起立採決。
1952年(昭和27年)11月28日池田勇人国務大臣可決2082017翌日辞任。補職は通商産業大臣・経済審議庁長官。
1953年(昭和28年)8月3日岡崎勝男外務大臣否決13319360
1954年(昭和29年)3月20日大達茂雄文部大臣否決134268134
1954年(昭和29年)4月10日犬養健法務大臣否決123236113
1955年(昭和30年)7月25日杉原荒太国務大臣否決13222896補職は防衛庁長官。
1955年(昭和30年)12月16日重光葵外務大臣否決135259124
1956年(昭和31年)3月20日太田正孝国務大臣否決14123796補職は自治庁長官。
1956年(昭和31年)3月22日重光葵外務大臣否決139249110副総理
1956年(昭和31年)4月19日清瀬一郎国務大臣否決146234112補職は文部大臣。
1956年(昭和31年)4月29日小林英三国務大臣否決153254101補職は厚生大臣。
1956年(昭和31年)5月23日船田中防衛庁長官否決13720871
1956年(昭和31年)5月23日一万田尚登大蔵大臣否決13722790
1956年(昭和31年)11月26日倉石忠雄労働大臣否決139247108
1957年(昭和32年)5月14日松浦周太郎労働大臣否決14121675
1958年(昭和33年)4月9日一万田尚登大蔵大臣否決116219103
1958年(昭和33年)12月23日灘尾弘吉文部大臣否決14522782
1959年(昭和34年)2月17日永野護運輸大臣否決135239104
1959年(昭和34年)11月27日藤山愛一郎外務大臣否決13319865
1961年(昭和36年)6月6日周東英雄農林大臣否決13221684
1962年(昭和37年)4月5日小坂善太郎外務大臣否決14823688
1962年(昭和37年)4月28日安井謙自治大臣否決9918081
1963年(昭和38年)3月1日大平正芳外務大臣否決122259137
1963年(昭和38年)6月22日大橋武夫労働大臣否決11819981
1964年(昭和39年)4月28日賀屋興宣法務大臣否決107229122
1965年(昭和40年)2月23日椎名悦三郎外務大臣否決148248100
1965年(昭和40年)11月10日椎名悦三郎外務大臣否決13415925否決例における最小の票差。
1965年(昭和40年)11月10日坂田英一農林大臣否決8813749
1965年(昭和40年)11月10日福田赳夫大蔵大臣否決12616435
1965年(昭和40年)11月10日三木武夫通商産業大臣否決9014858
1967年(昭和42年)8月4日坊秀男厚生大臣否決14320259
1967年(昭和42年)8月6日藤枝泉介自治大臣
国家公安委員会委員長
否決15022171
1967年(昭和42年)8月6日水田三喜男大蔵大臣否決12421094
1967年(昭和42年)8月7日木村俊夫国務大臣否決112216104補職は内閣官房長官。
1969年(昭和44年)7月12日斎藤昇厚生大臣否決12118059
1969年(昭和44年)7月29日坂田道太文部大臣否決118218100
1971年(昭和46年)10月27日福田赳夫外務大臣否決169274105
1971年(昭和46年)10月27日田中角栄通商産業大臣否決171280109
1973年(昭和48年)9月21日山中貞則防衛庁長官否決16124180
1973年(昭和48年)9月21日奥野誠亮文部大臣否決16123069
1975年(昭和50年)7月1日福田一自治大臣否決少数多数不明起立採決。他の補職は国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官。
1975年(昭和50年)7月1日大平正芳大蔵大臣否決少数多数不明起立採決。
1975年(昭和50年)10月25日村上勇郵政大臣否決16022262
1975年(昭和50年)10月25日大平正芳大蔵大臣否決16021757
1977年(昭和52年)5月11日三原朝雄防衛庁長官否決14723285
1977年(昭和52年)5月11日藤田正明総理府総務長官
沖繩開発庁長官
否決16722861
1987年(昭和62年)4月23日宮澤喜一大蔵大臣否決19128291
1997年(平成9年)4月22日近岡理一郎科学技術庁長官否決少数多数不明起立採決。
1997年(平成9年)11月25日三塚博大蔵大臣否決21425945
2002年(平成14年)2月5日武部勤農林水産大臣否決18627690
2004年(平成16年)8月5日坂口力厚生労働大臣否決18527992
2007年(平成19年)5月31日柳澤伯夫厚生労働大臣否決131333202
2010年(平成22年)5月31日赤松広隆農林水産大臣否決141306165
2010年(平成22年)11月15日仙谷由人内閣官房長官否決152314162
2010年(平成22年)11月15日馬淵澄夫国土交通大臣否決151316165
2014年(平成26年)6月20日石原伸晃環境大臣否決142326184
2016年(平成28年)11月10日山本有二農林水産大臣否決125323198
2016年(平成28年)11月29日塩崎恭久厚生労働大臣否決122338216
2017年(平成29年)5月18日金田勝年法務大臣否決125334209
2018年(平成30年)5月22日茂木敏充国務大臣否決135320185補職は経済再生担当大臣・経済財政政策担当大臣。
2018年(平成30年)5月25日加藤勝信厚生労働大臣否決130300170他の補職は拉致問題担当大臣。
2018年(平成30年)6月15日石井啓一国土交通大臣否決131322191他の補職は水循環政策担当大臣。
2018年(平成30年)11月27日山下貴司法務大臣否決139309170
2019年(平成31年)3月1日根本匠厚生労働大臣否決132317185他の補職は働き方改革担当大臣。
2019年(令和元年)6月21日麻生太郎財務大臣否決132317185他の補職は金融担当大臣・デフレ脱却担当大臣。
2020年(令和2年)2月27日森まさこ法務大臣否決136319183
2021年(令和3年)4月1日武田良太総務大臣否決130322192
2023年(令和5年)5月18日鈴木俊一財務大臣否決108343235記名投票における最大の票差。他の補職は金融担当大臣・デフレ脱却担当大臣。
2023年(令和3年)12月12日松野博一内閣官房長官否決166278112他の補職は拉致問題担当大臣・沖縄基地負担軽減担当大臣
※太字は不信任決議可決例
※役職欄に記載の職名は当該不信任決議案の題名に用いられた表記による(必ずしも法的に正式な表記ではない)。
※これらのほかにも、決議案提出後(撤回、会期終了等により)採決に至らなかったものが多数ある。

国会役職者への不信任決議

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議会が自ら選任した役員を解任するには国会法など議会法上に特段の定めがある場合を除き許されない[57]。国会法は常任委員長についてのみ解任規定を置いている(国会法第30条の2)。しかし、議会運営を混乱させて責任を明らかにする必要がある場合や誠実に職務を執行せず議会運営が停滞しているとみられる場合には当該役員に対して自ら職を辞するよう不信任決議をなしうる[58](常任委員長に対しても解任が相当とまではいえない場合には不信任決議をなしうる)。不信任決議によって辞任が強制されたりすることはなく決議に拘束力はないが、当該役員は在任の根拠を失うため自らの進退を決する政治的・道義的責任を負うこととなる[57]。国会役職者に対する不信任決議については法的拘束力があるとみる学説も存在するが、1961年6月8日の「衆議院副議長久保田鶴松君不信任決議案」においてはその可決によっても当然に失職とされたわけではなく、同日午後に久保田副議長から清瀬一郎議長宛に辞職願が提出されたのを受け、国会法第30条に基づいて「副議長久保田鶴松君辞職の件」として記名投票による採決が行われた上で辞職が許可されている[59]

衆議院規則は議員が議長・副議長・仮議長のいずれかの信任又は不信任に関する動議若しくは決議案を発議するときは、理由を附して50人以上の賛成者と連署して議長に提出しなければならないとする(衆議院規則第28条の2第1項・第3項)。発議要件について参議院規則には同旨の規定はないが、同様の重い発議要件を課すべきとされる[57]

役員の不信任に関する議事は一般の議事に対しては優先して扱われる。議長の不信任決議案が発議された場合、国会法上の「議長に事故がある」ものとして扱われる(昭和53年衆議院先例集66)[60]。そして国会法の規定に従って副議長が議長の職務を行い決議案の採決が行われる(国会法第21条)。

なお、常任委員長に対する解任決議は本会議で「その院の決議をもって」行われ(国会法第30条の2)、常任委員会における不信任決議においてこの規定を援用して委員長を解任することはできない[60](法的拘束力のない不信任決議をなしうるにとどまる)。委員長の信任または不信任動議の議事は、慣例では委員長の指名する委員会理事が代行する[注 2]

本会議での国会役職者への不信任決議議決例
本会議採決日議院対象者役職採決票差備考
 
1949年(昭和24年)5月31日参議院松嶋喜作副議長否決少数多数不明起立採決。
1949年(昭和24年)11月30日衆議院岩本信行副議長否決12922899
1952年(昭和27年)6月27日参議院佐藤尚武議長否決31171140
1952年(昭和27年)7月1日参議院佐藤尚武議長否決2811890
1952年(昭和27年)7月31日衆議院岩本信行副議長否決102202100
1953年(昭和28年)8月1日衆議院堤康次郎議長否決少数多数不明起立採決。
1954年(昭和29年)6月5日衆議院堤康次郎議長否決少数多数不明起立採決。
1956年(昭和31年)5月30日参議院寺尾豊副議長否決6812254
1956年(昭和31年)6月2日参議院芥川治事務総長否決4912879
1959年(昭和34年)4月3日参議院松野鶴平議長否決659126参議院における記名投票での最小の票差。
1959年(昭和34年)12月21日衆議院加藤鐐五郎議長否決11622492
1961年(昭和36年)6月8日衆議院清瀬一郎議長否決13422389
1961年(昭和36年)6月8日衆議院久保田鶴松副議長可決20715057即日辞任。
1962年(昭和37年)12月22日参議院重宗雄三議長否決6210139
1962年(昭和37年)12月22日参議院重政庸徳副議長否決5610549
1963年(昭和38年)6月22日衆議院清瀬一郎議長否決12921586
1963年(昭和38年)6月22日衆議院原健三郎副議長否決11317865
1963年(昭和38年)6月29日参議院重宗雄三議長否決7511035
1965年(昭和40年)5月27日参議院重政庸徳副議長否決5610448
1965年(昭和40年)5月27日参議院重宗雄三議長否決5610549
1965年(昭和40年)12月3日衆議院田中伊三次議長否決10117372
1965年(昭和40年)12月10日参議院重宗雄三議長否決6912253
1965年(昭和40年)12月10日参議院河野謙三副議長否決8712033
1969年(昭和44年)7月11日衆議院石井光次郎議長否決13018757衆議院における記名投票での否決の最小の票差。
1969年(昭和44年)7月11日衆議院小平久雄副議長否決14620458
1969年(昭和44年)7月26日衆議院松田竹千代議長否決12521287
1969年(昭和44年)7月27日衆議院藤枝泉介副議長否決13421985
1969年(昭和44年)8月3日参議院安井謙副議長未決---議長が大学管理法案の繰上げ採決を行ったため紛糾し未決。
1970年(昭和45年)1月14日参議院重宗雄三議長否決9812830
1971年(昭和46年)11月26日衆議院船田中議長否決101263162
1971年(昭和46年)11月26日衆議院荒舩清十郎副議長否決94254160
1975年(昭和50年)6月30日参議院河野謙三議長否決少数多数不明起立採決。
1975年(昭和50年)7月3日参議院前田佳都男副議長否決少数多数不明起立採決。
1975年(昭和50年)12月12日参議院河野謙三議長否決少数多数不明起立採決。
1978年(昭和53年)6月14日参議院安井謙議長否決少数多数不明起立採決。
1982年(昭和57年)7月30日参議院徳永正利議長否決少数多数不明起立採決。
1983年(昭和58年)11月28日参議院木村睦男議長否決少数多数不明起立採決。
1992年(平成4年)6月7日参議院長田裕二議長否決少数多数不明起立採決。
1992年(平成4年)6月13日衆議院櫻内義雄議長否決157326169PKO国会
1995年(平成7年)6月13日衆議院土井たか子議長否決186298112終戦50年決議の取扱について。
1995年(平成7年)6月13日衆議院鯨岡兵輔副議長否決184299115終戦50年決議の取扱について。
1997年(平成9年)12月12日参議院斎藤十朗議長否決9614347
1999年(平成11年)8月12日参議院斎藤十朗議長否決9213948
2000年(平成12年)10月19日参議院井上裕議長否決9612630
2000年(平成12年)11月21日衆議院綿貫民輔議長否決少数多数不明起立採決。
2002年(平成14年)7月31日参議院倉田寛之議長否決9713538
2004年(平成16年)6月5日参議院倉田寛之議長否決20128108参議院における記名投票での最大の票差。
2004年(平成16年)6月5日参議院川村良典事務総長否決少数[注 3]多数不明起立採決。[注 4]
2007年(平成19年)6月20日衆議院河野洋平議長否決118319201
2010年(平成22年)2月25日衆議院横路孝弘議長否決115326211衆議院における記名投票での最大の票差。
2012年(平成24年)8月10日参議院平田健二議長否決42194152参議院における押しボタン式投票での最大の票差。
2013年(平成25年)6月26日参議院平田健二議長否決10012828
2015年(平成27年)9月18日参議院山崎正昭議長否決7614872平和安全法案の取扱について。
2016年(平成28年)12月14日参議院伊達忠一議長否決7216795
2018年(平成30年)7月19日参議院伊達忠一議長否決6915485
2022年(令和4年)6月9日衆議院細田博之議長否決105288183
※太字は不信任決議可決例
委員会での国会役職者への不信任決議可決例
委員会採決日議院委員会不信任対象者役職備考
1948年(昭和23年)12月22日衆議院予算委員会上林山栄吉委員長辞任拒否。
1994年(平成6年)1月12日参議院政治改革に関する特別委員会本岡昭次委員長即日辞任。
2007年(平成19年)6月18日衆議院懲罰委員会横光克彦委員長辞任拒否。

脚注

[編集]

注釈

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  1. 地方自治法改正による区長公選制廃止のため、議会による選任区長(1974年より公選制が復活)。
  2. ただし当日中に議決に至らない場合には、次回の委員会開会日時を委員長が設定する。委員長代行の者に委任してもよい。(衆議院委員会先例集 平成4年版 1.3(29) p.36)
  3. 会議録では「なしと認めます」と発言があったことから、実際の起立者は0人だった。
  4. 当初は押しボタン式投票で行う予定だったが機械の故障により起立採決に変更された。

出典

[編集]
  1. 『法令用語事典 第八次改定版』 学陽書房、2001年、204頁
  2. 総務省|林総務大臣閣議後記者会見の概要(令和8年5月15日)”. 総務省. 2026年5月24日閲覧。
  3. 町長が2月から意識不明、議会が不信任案を提出へ…「本人の名誉のために不信任という言葉を使わない議案名を考えている」 - 読売新聞 2026年4月30日
  4. 意識不明の町長に不信任案提出へ 脳出血で手術、2月から回復せず―秋田県八郎潟町 - 時事ドットコム 2026年5月1日
  5. 意識戻らない町長の不信任案可決 妻の要請「無効」、苦渋の判断なぜ - 朝日新聞 2026年5月8日
  6. 「断腸の思い」2月から意識不明…八郎潟町長に対する不信任決議案が可決来月下旬にも町長選挙へ秋田”. ABS NEWS NNN (2026年5月8日). 2026年5月9日閲覧。
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  9. “福岡・太宰府市長を不信任 市議会、全会一致で可決”. アサヒ・コム. 朝日新聞社. 2017年10月27日. 2017年10月27日閲覧.
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  11. セクハラ疑惑の町長が辞職願提出 町議選大敗の責任取る 群馬県みなかみ - 産経ニュース 2018年9月10日
  12. 【みなかみ町長セクハラ問題】前田善成町長、不信任に対抗し町議会を解散 - 産経ニュース 2018年8月6日
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  19. “東京・あきる野市長が失職 議会と対立、再び不信任”. 産経新聞. 2022年7月28日. 2022年7月28日閲覧.
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  40. 学歴詐称問題の田久保真紀・静岡県伊東市長が市議会解散 40日以内に市議選実施へ - 産経ニュース 2025年9月10日
  41. 失職確定した伊東市の田久保真紀市長、涙で声を詰まらせる場面も…次期市長選は「自身と向き合って決めたい」 - 読売新聞オンライン 2025年10月31日
  42. 静岡・伊東市長選、元市議の杉本憲也氏が初当選 国民推薦43歳、接戦制す 田久保氏敗北 - 産経ニュース 2025年12月14日
  43. “【速報】古謝南城市長が失職決定 2度目の不信任決議可決 セクハラ問題発覚から2年”. 琉球新報. 2025年11月17日. 2025年11月17日閲覧.
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  47. 出直し西条市長選告示 前市長の高橋氏と前副市長の越智氏で選挙戦へ - 愛媛新聞ONLINE 2026年5月10日
  48. 茨城県石岡市長の失職決まる 市議会が2度目の不信任決議を可決 50日以内に市長選実施 - 産経新聞
  49. 意識不明続く八郎潟町長、議会が不信任案可決 町政停滞回避へ「苦渋の選択」”. 秋田魁新報電子版 (2026年5月8日). 2026年5月20日閲覧。
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  53. 伊藤正己著 『憲法 第三版』 弘文堂、1995年、523頁
  54. 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、121頁
  55. 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、844頁
  56. 1 2 3 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、265頁
  57. 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、264-265頁
  58. 第38回国会 衆議院 本会議 第54号 昭和36年(1961年)6月8日(議事録
  59. 1 2 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、266頁

関連項目

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外部リンク

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