下津井

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下津井
しもつい
日章旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 岡山県
自治体 倉敷市
旧自治体 児島郡下津井町
面積
6.3km²
世帯数
2,337世帯
総人口
5,562
住民基本台帳、2012年3月30日現在)
人口密度
882.86人/km²
倉敷市役所下津井市民サービスコーナー
北緯34度26分12.2秒 東経133度48分2.5秒 / 北緯34.436722度 東経133.800694度 / 34.436722; 133.800694座標: 北緯34度26分12.2秒 東経133度48分2.5秒 / 北緯34.436722度 東経133.800694度 / 34.436722; 133.800694
所在地 〒711-0926
岡山県倉敷市下津井吹上二丁目1-18
下津井の位置(岡山県内)
下津井
下津井
特記事項:倉敷市役所児島支所管内。市民サービスコーナーは各種証明書の発行業務のみ。
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下津井(しもつい)は、岡山県倉敷市児島地域にある地区である。かつての児島郡下津井町(しもついちょう)に相当する。本項では同町および町制前の名称である下津井村(しもついそん)についても述べる。

現在の下津井中学校区にあたる。

下津井吹上(ふきあげ)、田之浦(たのうら)、大畠(おばたけ)の各大字からなり、児島半島の西南端にあたる地区で、瀬戸内海沿岸の丘陵地のため平地は少ない。総人口は約5700人[1]

概要[編集]

下津井港と下津井瀬戸大橋

古くから港町として繁栄した。東部には名峰・鷲羽山を擁する[2]

この鷲羽山では、西日本で最初の旧石器時代の石器が発見され(1954年発見)、古墳時代(6世紀)の古墳が現存し、平安時代の神社(式内社;田土浦坐神社、927年)が今も鎮座している。また、同時代には沖合にて、藤原純友が時の政府に反乱を起こした(939年)ことなどから、鷲羽山の麓では古くから集落が形成されていたことがわかる。

現在も漁業が盛んな地区で「下津井」が有名なこともあり、港の近くでは11月頃からは蛸を天日干しした風景が見られ、地元漁協による小売市場も催されている。瀬戸大橋の架橋に併せ沿岸道路が整備されたため港も近代化が進んでいるが、常夜灯雁木が一部残っており、街中には江戸時代廻船問屋遊郭が軒を並べた頃の面影が残り、岡山県によって町並み保存地区に指定されている。

概ね下津井町施工前の旧下津井町と長浜町に相当する地区に分かれ、それぞれ倉敷市立下津井西小学校と下津井東小学校の学区にあたる。

下津井は天然の良港に恵まれ古くから「風待ち・潮待ちの湊」で、奈良時代・平安時代の文献に記されている。江戸時代から明治時代にかけては北前船の寄港地として栄え、金比羅参りの渡し場としても賑わった。

下津井の由来は「吉備児島の下の津」、かつての中心であった郷内地区からもっとも下に位置する港の意味であると云われている。また、この地域が下津井と呼ばれるようになったのは江戸時代末期である。かつてこの一帯は「長浜」と呼ばれ、「下津井」・「吹上」・「田ノ浦」に「大畠」を加え四ヶ浦(しかうら)という総称もあった。

1907年(明治40年)に市町村合併により児島郡下津井町が成立、その後児島市を経て、現在の倉敷市となる[3][2]

1911年(明治44年)には下津井電鉄(当時は下津井軽便鉄道)が開業、1914年(大正3年)に下津井まで路線が敷設された[2][3]

当地の歴史は古く、平安時代の文献にも記載された歴史ある港町である。児島通生にある般若院の文書によると、大畠・田之浦・吹上・下津井の4か村、つまり現在の下津井地区は古くは長浜(ながはま)とも呼ばれていたとされる[3]

現代になると、一時は団地が造成されたり、瀬戸内海が一望できる遊園地として鷲羽山ハイランドが開業するなど人口・観光客が増加したが、1988年に瀬戸大橋が開通すると、下津井は旅客港・商港としての機能を完全に同橋に奪われ、1991年に下津井電鉄は鉄道事業から撤退した[4]。その後は地元経済は停滞気味となっていく[2]

古来から今まで続く漁業に関しては現在も盛んであり、牛窓・寄島などと並ぶ県内有数の漁港として知られ、イイダコやママカリなどが代表的な魚介である。岡山県周辺の鮮魚店やスーパーマーケットなどにおける「下津井直送」という言葉は一種のブランドとなっている。 しかし現在の主力産業である漁業も人口下減少に伴う後継者不足の問題を抱えている[2]

他の産業として前述の鷲羽山や鷲羽山ハイランドなどを中心とした観光産業があり、丘陵上からは瀬戸内海・瀬戸大橋を一望できるという風光明媚な場所であることから宿泊施設が多数ある[2]

地域[編集]

下津井[編集]

下津井の街並み

古代から中世にかけて、海運・軍事の重要拠点として要衝として発達。四国連絡などにも利用価値の高い瀬戸内海の要港として栄えた[2]

江戸時代になると、備前岡山藩の領地となり、1606年(慶長11年)に池田長政がこの地にあった下津井城を再築城[5]し、周囲は城下町として発展。さらには周囲の地区において綿栽培や塩田が盛んだったこともあり、商港として、あるいは備前国有数の漁港として繁栄した[3]

また岡山と讃岐国金刀比羅宮を結ぶ金比羅往来が整備され、その渡海港として旅客で賑わった。由加山と讃岐国金刀比羅宮の「両参り」の風習が盛んになると現在の田の口港とともに多くの参拝客で町は繁栄した[2][3]

近現代になると、商港・旅客港としては現玉野市の宇野港に主役の座を譲る形になるも、四国(丸亀港)と岡山を結ぶ主要航路の一つとして経済活動が盛んに行われ、1911年(明治44年)には下津井電鉄(当時は下津井軽便鉄道)が開業、1914年(大正2年)に下津井まで路線が敷設された[2][3]

吹上[編集]

隣接の下津井や田之浦同様、古くから開けた港町である。『梅松論』には、南北朝時代初めに、足利尊氏が九州から東上の途中、延元元年5月15日から4日間軍船をとどめ、福山城(現・総社市)の落城を待ったと記録されている[3]

江戸時代には、回船問屋や仲買、金融業者、日用品販売業者などの多数の商人が在住、さらに宿屋や料理屋も多く繁栄した[3]

明治に入ってもその繁栄はしばらく続いたが、近代化とともに次第に衰退していき、現在は漁港として機能している他、一部団地による宅地化がなされている。

田之浦[編集]

田土浦坐神社から望む田之浦港と町並み

同町内の下津井や吹上同様に古い歴史を持つ港町である。鷲羽山南麓の浅い谷を海岸にかけて集落が続き、沿岸部に町並を作っている。古来より漁業者が多く、水田は少なく、山地にわずかに畑が段をなして存在している[3]

地名の由来は当地北の丘上にある延喜式内社田土浦坐神社である。同神社の門前町でもあったため、神社名の田土浦が変形して田之浦となったとされる[3]

当地内にある寺院・真言宗弘泉寺は、同寺院の縁起によると正応年中(1288〜1299年)の開基とされ、古い歴史がある[3]

江戸時代中期の記録書『吉備温故秘録』では、田畑五町八反、家数百六十軒、男女六百六十六人、舟四十三艘、四季とも漁猟す、との記載がある[3]

田之浦港は、現在も漁港として健在である。

大畠[編集]

下津井地区南東端に突き出た岬にある地区。名峰・鷲羽山を要する。下津井地区内で唯一、現在の住所表記の大字に下津井の名前が付かない。

元来は古くから漁業で成り立っていた漁村であり、漁業者が多かった。しかし近代以降、時勢の変化につれて徐々に足袋製造他の繊維業の中小業者が増えていき、町の様子が変わった[3]

源平時代には、平家の大将が当地に陣屋を構えた。その跡が現在も残っている。『吉備温故秘録』によると、江戸時代には田畑6町1反、家数143軒、男女1100人との記載がある[3]

明治になり、隣接の田之浦村と合併し長浜村[6]、長浜町を経て下津井町となる。下津井軽便鉄道が敷設されると同地内に琴海駅が設置された[3]

地内にある真言宗寺院・鷲羽山大宝寺は、鷲羽大明神を鎮守としている[3]

人口・世帯数[編集]

平成24年9月末現在[7]

下津井地区の人口・世帯数
町字 世帯数 男性人口 女性人口 総人口 備考
大畠 10 2 8 10
大畠1丁目 314 378 407 785
大畠2丁目 268 292 329 621
下津井田之浦 1 1 0 1
下津井田之浦1丁目 249 268 289 557
下津井田之浦2丁目 176 214 220 434
下津井吹上 29 32 33 65
下津井吹上1丁目 204 194 251 445
下津井吹上2丁目 162 193 180 373
下津井 86 78 93 171
下津井1丁目 269 269 307 576
下津井2丁目 177 200 223 423
下津井3丁目 159 224 245 469
下津井4丁目 145 128 166 294
下津井5丁目 136 157 181 338
総計 2385 2630 2932 5562

通信[編集]

電話番号[編集]

下津井を含む児島地域は倉敷MAに属し、市外局番は086。これは倉敷市の他地域に加え都窪郡早島町および岡山市南区の一部(植松・西畦・箕島)と共通となる[8]

郵便番号[編集]

全域が児島郵便局(郵便区番号711)の集配担当区域に当たる。

  • 大畠 - 711-0924
  • 下津井田之浦 - 711-0925
  • 下津井吹上 - 711-0926
  • 下津井 - 711-0927

学区[編集]

小学校区
大畠・田之浦・吹上の全域が、倉敷市立下津井東小学校区。下津井の全域が、倉敷市立下津井西小学校区。
中学校区
全域が、倉敷市立下津井中学校区。

歴史[編集]

しもついちょう
下津井町
廃止日 1948年4月1日
廃止理由 新設合併
下津井町、味野町、児島町、本荘村 → 児島市(初代)
現在の自治体 倉敷市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 岡山県
児島郡
隣接自治体 児島郡味野町、本荘村
下津井町役場
所在地 岡山県児島郡下津井町
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  • 939年天慶2年) - 藤原純友が釜島に砦を築く。(承平天慶の乱
  • 1183年寿永2年) - 治承・寿永の乱下津井沖の合戦で平教盛らが長浜城(現在の祇園神社)に陣を敷く。
  • 1336年延元元年) - 南北朝の戦いで足利尊氏が上陸する。
  • 1603年慶長8年) - 池田忠継が28万石で岡山に入封、岡山藩池田家の支配地になる。
  • 1606年(慶長11年) - 新しい下津井城が築城される。
  • 1639年寛永16年) - 一国一城令により下津井城が廃城。
  • 1732年享保17年) - 下津井の漁師と塩飽諸島の漁民が漁業権争いに決着をつけるため大岡忠相の命により“樽流し”が行われる。
  • 1889年(明治22年) - 町村制施行の際に児島郡下津井村・吹上村が合併し同郡下津井村(しもついそん)、同郡田之浦村・大畠村が合併して同郡長浜村(ながはまそん)をそれぞれ新設。
  • 1896年(明治29年) - 下津井村が町制を施行し下津井町となる。
  • 1900年(明治33年) - 下津井村のうち吹上地区が長浜村へ移管、同村が町制施行し長浜町(ながはまちょう)となる。
  • 1907年(明治40年) - 下津井町と長浜町が合併し、新しい下津井町を新設。
  • 1911年(明治44年) - 下津井軽便鉄道(後の下津井電鉄)が設立される。
  • 1914年(大正2年) - 下津井軽便鉄道の下津井〜味野間が完成し営業を開始する。
  • 1948年(昭和23年) - 児島郡下津井町・味野町・児島町・琴浦町・本荘村が合併し、児島市(こじまし)を新設。
  • 1972年(昭和47年)2月1日 - 児島市・倉敷市・玉島市が合併し、現在の倉敷市を新設。
  • 1972年(昭和47年)4月1日 - 下津井電鉄が、茶屋町〜児島間を廃止し、路線跡を倉敷市へ売却する。
  • 1986年(昭和61年) 岡山県の町並み保存地区に指定。
  • 1988年(昭和63年) - 瀬戸大橋が開通する。
  • 1991年(平成3年)1月1日 - 下津井電鉄島が下津井〜児島間を廃止し、鉄道事業から撤退する。

地勢[編集]

山岳
  • 鷲羽山(112.8m)
  • 三百山(135m)
  • 大向山(111.3m)
  • 神道山(144.3m)
島嶼
  • 松島
  • 釜島
  • 六口島
  • 灯籠崎
  • 久須美鼻

主要施設[編集]

公共施設
教育・保育
港湾
宿泊施設
文化施設
神社仏閣

名所・旧跡[編集]

交通[編集]

道路[編集]

バス[編集]

鉄道[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 倉敷市統計月報 平成22年12月 下津井東小学校と下津井西小学校の学区人口を合算
  2. ^ a b c d e f g h i 岡山県大百科事典編集委員会編集『岡山県大百科事典』(1979年)山陽新聞社
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 巌津政右衛門 『岡山地名事典』(1974年)日本文教出版社
  4. ^ 路線跡は歩行者専用道路として整備された。
  5. ^ 1639年(寛永16年)に一国一城の令により廃城。
  6. ^ 下津井地区の古名に由来。
  7. ^ 人口月報|倉敷市
  8. ^ 総務省|電気通信番号の利用・指定|市外局番の一覧 2014年5月25日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『北前船と下津井港』1992年 著者 角田直一、発行 手帖舎
  • 『下津井と荻野家物語』1996年 著者 十河直樹、発行 岡山県方言研究会
  • 巌津政右衛門『岡山地名事典』(1974年)日本文教出版社
  • 岡山県大百科事典編集委員会『岡山地名事典』(1979年)山陽新聞社
  • 渡辺光・中野尊正・山口恵一郎・式正英『日本地名大辞典2 中国・四国』(1968年)朝倉書店
  • 下中直也『日本地名大系第三四巻 岡山県の地名』(1988年)平凡社
  • 黒田茂夫『県別マップル33 岡山県広域・詳細道路地図』(2010年)昭文社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]