下之保村
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| 下之保村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1955年4月1日 |
| 廃止理由 |
合併 |
| 現在の自治体 | 関市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 岐阜県 |
| 郡 | 武儀郡 |
| 面積 | 22.61km2. |
| 総人口 |
2,187人 (1955年) |
| 下之保村役場 | |
| 所在地 | 岐阜県武儀郡下之保村 |
| ウィキプロジェクト | |
下之保村(しものほむら)は、かつて岐阜県武儀郡にあった村である。
合併で武儀村(1971年に町制施行し、武儀町)となり、現在は関市の一部である。
津保谷(津保川およびその支流沿いの谷)の村であり、津保谷の最下流に位置する。
歴史[編集]
- 江戸時代末期、この地域は尾張藩領であった。
- 明治時代初期、大門村、町村、西洞村、殿村、轡野村、上野村、多羅木村が合併し、下之保村となる。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 中之保村、富之保村、下之保村が合併し武儀村となる
教育[編集]
神社・仏閣[編集]
- 乳岩神社
- 南宮神社
- 日龍峰寺
- 南陽寺
その他[編集]
- 1989年、「平成」改元に際し、武儀町内の小字に「平成(へなり)」がある事が判明して注目を浴びたが、この小字は、旧・下之保村の地名である。地名としては、安土桃山時代の太閤検地で「へなり」のという記述があり、江戸時代には「平成」の文字があてられている。