上郷町 (横浜市)

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上郷町
横浜自然観察の森
上郷町の位置(神奈川県内)
上郷町
上郷町
座標: 北緯35度21分51秒 東経139度34分1秒 / 北緯35.36417度 東経139.56694度 / 35.36417; 139.56694
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 神奈川県
市町村 横浜市
栄区
人口 (2010年(平成22年)5月31日現在)
 - 計 6,018人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 247-0013 
市外局番 045
ナンバープレート 横浜

上郷町(かみごうちょう)は横浜市栄区町名住居表示未実施[1]。2010年5月31日現在2,436世帯、6,018人が暮らしている[2]郵便番号は247-0013。

地理[編集]

栄区の東部に位置し、いたち川県道原宿六浦線に沿った、「工」の字に似た細長い形をしている。いたち川流域が谷戸でその両岸は小高い丘で構成されているが、緑地として残っている東部・南部の高台を除いて谷戸は上郷町、宅地化されている高台は他の町名となっている。

北部には山手学院中学校・高等学校神奈川県立横浜栄高等学校神奈川中央交通横浜営業所などがある。港南台に近く、港南台プリンスハイツなど港南台の名を冠したマンション等もみられる。鎌倉市境に近い南部には横浜霊園鎌倉カントリークラブ神奈川県警察射撃場がある。 横浜市資源循環局栄工場があったが、2008年に焼却設備が撤去され、以降は収集車の駐車場などとして使われている[3]。 北東部の瀬上市民の森、南東部の横浜自然観察の森の2つの大規模緑地のほか、比較的小規模な上郷市民の森を有し、緑被率の高い地区となっている[4]。瀬上市民の森に隣接した緑地帯では東急建設が宅地開発を計画しているが、緑地保全のため横浜市は土地の買い取りを検討している [5]。町内に鉄道は通っておらず、港南台駅大船駅金沢八景駅への路線バスが利用できる。

栄区東部の外縁部はほとんど上郷町となっているため、栄区が接する他の市・区のうち戸塚区を除く港南区磯子区金沢区鎌倉市と接している。

歴史[編集]

昭和30年代まで栄区の東半分は上郷町と中野町の飛び地が入り乱れて混在している状態であったが、高度経済成長期に丘陵部が住宅開発されると新住所を与えられて両町から分離、さらに中野町が飛び地を整理して栄区中央部のみとなった結果、残りの部分は上郷町として2010年現在の複雑な形状となった。この様な経緯を経たため、例えば犬山町にある上郷小学校・中学校など隣接区域にも上郷の名をもつ施設がある。

年表[編集]

  • 明治以前は鎌倉郡上野村(上之村とも)と称し、東海道戸塚宿助郷となっていた。
  • 1867年(慶応3年) - 幕府領となり、代官江川太郎左衛門支配所(韮山代官所)の管轄となる。
  • 1868年(慶応4年) 6月 - 韮山代官所が韮山県に改組され、韮山県鎌倉郡上野村となる。
  • 1868年(慶応4年) 12月 - 韮山県から神奈川県に移管され、神奈川県鎌倉郡上野村となる。
  • 1891年(明治24年) - 上之村ほか、七村が合併し、鎌倉郡本郷村成立。旧上野村は本郷村大字上野となった。
  • 1920年(大正9年) - 電灯が点灯。
  • 1939年(昭和14年) - 本郷村の横浜市編入に伴い、戸塚区上郷町(上野町が当時中区にすでに存在していたため、旧村名と字名から一字ずつとった)となる。
  • 1967年(昭和42年) - 上水道が開通。
  • 1982年(昭和57年) - 東上郷町などが分離。
  • 1986年(昭和61年) - 栄区成立に伴い、栄区上郷町となる。


参考文献[編集]

  • わたしたちのまち上郷 平成5年11月 上郷南小学校創立15周年記念改訂版編集委員会

脚注[編集]

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  1. ^ 横浜市栄区の町名一覧(横浜市役所) (PDF) 2010年6月17日閲覧
  2. ^ 栄区町別世帯と人口(住民基本台帳・外国人登録原票に基づく)横浜市統計ポータルサイト、2010年6月14日閲覧
  3. ^ 焼却工場(横浜市資源循環局)
  4. ^ 平成21年度「緑の総量」の調査結果(横浜市環境創造局)
  5. ^ 2009年1月1日付神奈川新聞(Googleキャッシュ)

座標: 北緯35度21分51秒 東経139度34分1秒 / 北緯35.36417度 東経139.56694度 / 35.36417; 139.56694