上迫忠夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
獲得メダル
男子 体操競技
オリンピック
1952 ヘルシンキ 男子徒手
1952 ヘルシンキ 男子跳馬

上迫 忠夫(うえさこ ただお、1921年10月14日 - 1986年10月20日)は、島根県浜田市出身の元体操競技選手。旧制浜田中学日本体育大学卒業後開成学園教諭。30歳で出場した1952年ヘルシンキオリンピック男子徒手で銀メダル、同跳馬で銅メダルを獲得。

1964年東京オリンピックに際しては体操競技の強化委員を務める。オリンピック前年のプレ・オリンピックに向けた強化合宿で、インタビューに答えて「ウルトラC」という言葉を発したとされ、これがデイリースポーツで報じられたことがこの言葉の初出とされている[1]

脚注[編集]

  1. ^ 社史編纂委員会(編)『デイリースポーツ三十年史』デイリースポーツ社、1978年、P49。

外部リンク[編集]

  • 上迫忠夫 - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(英語)