上塩冶地蔵山古墳
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| 上塩冶地蔵山古墳 | |
|---|---|
| 所在地 | 島根県出雲市上塩冶町 |
| 位置 |
北緯35度20分46.00秒 東経132度45分34.00秒座標: 北緯35度20分46.00秒 東経132度45分34.00秒 |
| 形状 | 円墳 |
| 規模 |
直径15m 高さ5m |
| 埋葬施設 |
横穴式石室 (内部に家形石棺1基) |
| 築造時期 | 6世紀後半から7世紀 |
| 史跡 | 国の史跡「上塩冶地蔵山古墳」 |
| 地図 |
|
上塩冶地蔵山古墳(かみえんやじぞうやまこふん)は、島根県出雲市上塩冶町にある古墳。形状は円墳。
概要[編集]
島根県出雲市上塩冶町池田の住宅街に存在する古墳である。通称「地蔵山古墳」。 墳形は円形で、直径約15メートル・高さ約5メートルを測る。墳丘はかなり壊れており、方墳である可能性も考えられる[1][2]。石室は凝灰岩の切石で築かれた全長約9メートルの横穴式石室で、羨道(入口)・前室・奥室から構成される複式構造となっている。
古墳時代後期の6世紀末から7世紀頃の築造と推定されており、上塩冶築山古墳の被葬者の後を継いだ首長が埋葬されたと考えられる。それまでと比べ、墳丘、石室の規模が大幅に小さくなり、石室の構造も大きく変わっており、被葬者の勢力の衰退がうかがえる。この後、この付近の古墳は小規模なものしか築かれておらず、最後の首長墓といえると『出雲塩冶誌』に記されている[2]。 石棺の中には石の地蔵尊が安置されており、今も地元の人々の信仰の対象となっている[2]。
埋葬施設[編集]
周囲が造成され住宅地になっており、元の姿はないがこんもりとした小山のような姿をしている。
南東に開口した全長約9mの横穴式石室がある。
室内は一枚の切石を組み合わせて作られており、羨道と前室、奥室に分かれている。奥室には横口式家形石棺が置かれている。
天井や壁が一枚石で作られる手法は出雲地方東部でよく見られる「石棺式石室」である。
文化財[編集]
国の史跡[編集]
- 上塩冶地蔵山古墳 - 1924年(大正13年)12月9日指定
ギャラリー[編集]
現地情報[編集]
所在地
交通アクセス
関連施設
周辺
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 地方自治体発行
- 「(四)地蔵山古墳(上塩冶町半分、国指定史跡)」『出雲塩冶誌』 出雲塩冶誌刊行委員会、2009年。
- 『上塩冶地蔵山古墳 パンフレット』 島根県出雲市、2009年。
- その他
- 「上塩冶地蔵山古墳」『出雲の古墳アドベンチャー』 今井出版、2017年。
- 「出雲平野の後期古墳」『日本の古代遺跡20 島根』 保育社、1985年。
- 「出雲平野の周辺」『出雲文化財散歩』 学生社、1973年。