上一宮大粟神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
上一宮大粟神社
Kamiichinomiya Oawa Jinja 05.JPG
本殿と拝殿
所在地 徳島県名西郡神山町神領字西上角330
位置 北緯33度58分15.62秒
東経134度22分1.09秒
座標: 北緯33度58分15.62秒 東経134度22分1.09秒
主祭神 大宜都比売命
社格 式内社名神大論社
阿波国一宮論社
郷社
札所等 新四国曼荼羅霊場73番
例祭 1月10日
地図
上一宮大粟神社の位置(徳島県内)
上一宮大粟神社
上一宮大粟神社
テンプレートを表示

上一宮大粟神社(かみいちのみやおおあわじんじゃ)は、徳島県名西郡神山町にある神社式内社名神大社)・阿波国一宮の「天石門別八倉比売神社」の論社の1つ[1]旧社格郷社新四国曼荼羅霊場第七十三番札所。

祭神[編集]

  • 大宜都比売命 (おおげつひめのみこと) - またの名を天石門別八倉比売命(あまのいわとわけやくらひめのみこと)あるいは大粟比売命(おおあわひめのみこと)としているが、史料によっては天石門別八倉比売命・大粟比売命は配祀神であるとしている

社伝によれば、大宜都比売神が伊勢国丹生の郷(現 三重県多気郡多気町丹生)から馬に乗って阿波国に来て、この地にを広めたという。

歴史[編集]

延喜式神名帳』に記載される名神大社「阿波國名方郡 天石門別八倉比賣神社」の論社の一つである。天石門別八倉比賣神社は神亀5年(728年)に聖武天皇勅願所となり、元暦2年(1185年)には正一位の神階を授けられた。平安時代には、現在の徳島市一宮町に当社の分祠として一宮神社が創建された。

明治3年(1870年)、社名を「埴生女屋神社」と改められたが、氏子の請願により、明治28年(1895年)に現在の上一宮大粟神社となった。

前後の札所[編集]

新四国曼荼羅霊場
72 妙法寺 --- 73 上一宮大粟神社 --- 74 宝蔵寺

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 他の論社は八倉比売神社一宮神社

関連項目[編集]

阿波国一宮を称する神社