コンテンツにスキップ

上一宮大粟神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
上一宮大粟神社

本殿と拝殿
所在地 徳島県名西郡神山町神領字西上角330
位置 北緯33度58分15.6秒 東経134度22分1秒 / 北緯33.971000度 東経134.36694度 / 33.971000; 134.36694座標: 北緯33度58分15.6秒 東経134度22分1秒 / 北緯33.971000度 東経134.36694度 / 33.971000; 134.36694
主祭神 大宜都比売命
社格 式内社(大)論社
阿波国一宮論社
郷社
札所等 新四国曼荼羅霊場73番
例祭 体育の日
地図
上一宮大粟神社の位置(徳島県内)
上一宮大粟神社
上一宮大粟神社
地図
テンプレートを表示

上一宮大粟神社(かみいちのみやおおあわじんじゃ)は、徳島県名西郡神山町大粟山にある神社式内大社阿波国一宮の「天石門別八倉比売神社」の論社の1つ[1]旧社格郷社新四国曼荼羅霊場第七十三番札所。

祭神

[編集]
  • 大宜都比売命 (おおげつひめのみこと) - またの名を天石門別八倉比売命(あまのいわとわけやくらひめのみこと)あるいは大粟比売命(おおあわひめのみこと)とされる。

社伝によれば、大宜都比売神が伊勢国丹生の郷(現 三重県多気郡多気町丹生)から馬に乗って阿波国に来て、この地にを広めたという。

歴史

[編集]

延喜式神名帳』に記載される式内大社「阿波国名方郡 天石門別八倉比賣神社」の論社の一つである。天石門別八倉比賣神社は神亀5年(728年)に聖武天皇勅願所となり、元暦2年(1185年)には正一位の神階を授けられた。平安時代には、現在の徳島市一宮町に当社の分祠として一宮神社が創建された。

明治3年(1870年)、社名を「埴生女屋神社」と改められたが、氏子の請願により、明治28年(1895年)に現在の上一宮大粟神社となった。

境内

[編集]
  • 大鳥居
  • 神門:神像が両側に、これより坂道の前半は土道参道で後半は険しい石段で境内へ
  • 本社拝殿本殿
  • 摂社:八坂神社
  • 摂社:社務所の右の祠
  • 摂社:秋葉神社
  • 大粟山神宮寺

白い大きな鳥居の先に神門があり、そこから石段を上がると境内に達する。大鳥居の右の車道を上がって行き最後の三叉路を左へ行くと当社で、右へ行くと神宮寺へ行く、マイクロバスまでは通行可能。本社の周りは広く駐車できる。神宮寺とは段差なく境内がつながっていて、どちらからでも行き来できる。

前後の札所

[編集]
新四国曼荼羅霊場
72番 妙法寺 --- 73番 上一宮大粟神社 --- 74番 宝蔵寺

周辺

[編集]
大粟山神宮寺
高野山真言宗、本尊文殊菩薩、(伝)聖武天皇の勅願により行基が当社の別当寺として729年創建。四国三十三観音霊場第4番円光観音。
御詠歌:み仏の慈悲をしたいて神宮寺 観音力になみだこぼるる
瑜伽大権現小堂、天神社祠、愛宕社祠、弁財天祠。大師堂には、弘法大師像のほかに上一宮大栗神社尊像並びに八幡神社尊像。

脚注

[編集]
  1. 他の論社は八倉比売神社一宮神社

関連項目

[編集]

阿波国一宮を称する神社