三鷹車両センター

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三鷹車両センター
JR東日本八王子支社三鷹車両センター.JPG
基本情報
鉄道事業者 東日本旅客鉄道
帰属組織 八王子支社
所属略号 八ミツ
配置両数
電車 667両
合計 667両
備考 2016年10月1日現在のデータ[1][2]
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検修設備2005年2月
検修設備
2005年2月
三鷹車両センター 所属略号
三鷹車両センター 所属略号

三鷹車両センター(みたかしゃりょうセンター)は、東京都三鷹市上連雀にある東日本旅客鉄道(JR東日本)八王子支社車両基地である。

中央本線三鷹駅の西側に位置する。駅から車両センターまでの線路沿い南側の三鷹市道は「電車庫通り」と名付けられている。また、構内には車庫と中央本線を南北にまたぐ歩道橋があり、電車ウォチングの場としても知られる。この歩道橋は古レールを使用して作られ、三鷹に住んでいた太宰治も好んで通ったという[3]

また、営団地下鉄東西線が中野駅まで延伸し、その後深川車両基地が整備されるまでは、営団の飯田橋検車区三鷹出張所が設けられていた。

なお、組織変更により2003年12月に配置車両が全車当センターに転入した習志野電車区(ならしのでんしゃく)については、習志野運輸区を参照のこと。

配置車両の車体に記される略号[編集]

八ミツ」…八王子支社を意味する「八」と、三鷹を意味する「ミツ」から構成される。

歴史[編集]

配置車両[編集]

209系500番台
209系500番台
E231系0番台
E231系0番台
E231系800番台
E231系800番台

2016年10月1日現在の配置車両は以下のとおり[1][2]

電車 気動車 機関車 客車 貨車 合計
667両 0両 0両 0両 0両 667両
  • 209系電車(130両) 
    • 編成番号C501 - C512・C516の500番台10両編成が13本の計130両が配置されている。
    • 中央・総武緩行線(立川 - 武蔵小金井 - 三鷹 - 千葉間)で運用される。
  • E231系電車(537両)
    • 編成番号B1 - B19・B23 - B42・B57・B80 - B82の0番台10両編成43本[5]とB22の7両編成1本、A520・A540の500番台10両編成2本、K1 - K7の800番台10両編成7本、B901の900番台10両編成1本、計54本が配置されている。
    • 0・500・900番台は中央・総武緩行線(立川 - 武蔵小金井 - 三鷹 - 千葉間)、800番台は中央・総武緩行線から東京メトロ東西線に直通する系統でそれぞれ運用される。
    • B27編成は一時期東京総合車両センターへ転属し、サハを抜いたうえで山手線用車両を配給輸送する際の控車として使用された。2011年11月1日付で当センターへ復帰している。
    • 500番台A520編成は2014年に、A540編成は2016年に、それぞれ東京総合車両センターから転入した。
    • B20・B21編成は編成内のサハE230形(6扉車)をB22編成のサハE231形(4扉車)と組み替えた上で2015年に松戸車両センターに転出した。この際に余剰となった3編成のサハE230-20〜22が廃車となっている。

過去の配置車両[編集]

通勤形車両[編集]

72系電車
  • 中央線快速(当時は急行電車)が101系に全て置き換えられた後も中央東線用にクハ79形・モハ72形850番台の通称「山ゲタ」が残り、スカ色に塗られ、70系と混結して使用された[6]
101系電車
  • 中央線快速用の車両(非冷房車のみ)が配置されていた。103系冷房車に置き換えられ、1978年までに南武線などに転出した。
103系電車
301系電車
  • 103系と同様の地下鉄東西線乗り入れ用車両。1966年から2003年まで配置されていた。
201系電車
  • 1979年に中央線快速用の試作車900番台10両が投入され、1981年には量産車80両が追加投入された。1986年3月のダイヤ改正で配置車両が中央線快速用から中央・総武緩行線用に変更された。民営化後は2001年まで緩行線用の車両が在籍し、青梅線五日市線および京葉線用として豊田電車区京葉電車区にそれぞれ転属した。
  • また、東中野駅列車追突事故の復旧車であるクハ201-3が2005年12月まで保留車として在籍した。
205系電車
  • 1989年から2001年まで配置されていた。
  • 1989年の新製車2編成20両は前述の東中野駅列車追突事故による車両補充として本来は埼京線用だった車両を急遽配置したもので、1990年1996年に1編成ずつ川越電車区に転属した。
  • 1993年に中央線快速に転出した201系20両の穴埋めと増発分として京浜東北線(浦和電車区)と南武線(中原電車区)から転入してきた30両は、2001年までに209系500番台およびE231系による車種統一のため、京葉線・武蔵野線・南武支線にそれぞれ転属した。
  • ステンレス車体に帯が黄色のため地下鉄乗り入れ用車両と車体色が酷似したことから、誤乗防止策として地下鉄東西線乗入れの103系・301系の帯色は黄色(黄5号)から水色(青22号)に変更された。

近郊形車両[編集]

70系電車
  • モハ71形が1952年に中央東線専用として新製配置された。当初は茶色(ぶどう色2号)だったが、クハ76形の配置に伴いスカ色となり、72系と混結して運用された。
115系電車
  • 1966年に中央東線普通列車が大量に電車化される際にスカ色車が配置された。その後も増備されたが、1986年11月のダイヤ改正で豊田電車区に運用が移管され、全車転出している。一部の編成は岡山電車区に転属となった。

急行形車両[編集]

パノラマエクスプレスアルプス
パノラマエクスプレスアルプス
169系 三鷹色
169系 三鷹色
165系・169系電車
  • 1964年の中央東線上諏訪電化の際に急行「たてしな」用として165系11両が配置された。しかし、翌1965年の松本電化に際して「アルプス」と共通運用となり松本運転所に移管となって、全車転出している。
  • 民営化直前の1986年にジョイフルトレインパノラマエクスプレスアルプスが配置されたことにより、再び165系の配置基地となった。
  • 1990年代前半からは波動輸送用として165系・169系一般車が転入してきており、「三鷹色」や「八王子色」と呼ばれる専用塗装が施工された。
  • パノラマエクスプレスは2001年富士急行に譲渡された。他の一般車も2003年までに廃車となっている。
  • なお正式な配置車両ではないが、1970年から1972年にかけて115系による急行運用にグリーン車を連結する関係で新前橋電車区からサロ165-14・15のジャンパ連結器を交換した上で借り受けている(国鉄115系電車#中央東線も参照)。

事業用車両[編集]

145系電車
  • クモヤ145-115が配置されていたが、2009年10月7日に長野総合車両センターに回送され、廃車となった。

脚注[編集]

  1. ^ a b 交友社鉄道ファン』 2016年7月号「JR旅客会社の車両配置表」
  2. ^ a b ジェー・アール・アール編『JR電車編成表』2017冬 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2016年、p.94 - 96。ISBN 9784330737164
  3. ^ 鉄道ファン 2011年3月号(通巻599号)p.68, 69
  4. ^ 2007/11/29付け交通新聞
  5. ^ B20・B21は転属、B43 - B56・B58 - B79は欠番。
  6. ^ ロングシートは、新宿始発の夜行列車を利用する登山家達には大きな荷物が置きやすいと好評だった。

関連項目[編集]

座標: 北緯35度42分5.3秒 東経139度33分6秒 / 北緯35.701472度 東経139.55167度 / 35.701472; 139.55167