三鷹ストーカー殺人事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
三鷹ストーカー殺人事件
場所 日本の旗 日本 東京都三鷹市
標的 交際相手の女子高校生
日付 2013年10月8日
16時53分((JST))
武器 ペティナイフ
死亡者 1
犯人 1
容疑者 殺人
対処 リベンジポルノ被害防止法成立

三鷹ストーカー殺人事件(みたかストーカーさつじんじけん)とは、2013年10月8日に東京都三鷹市で発生した殺人事件である。21歳の男が元交際相手の18歳女子高生にストーカー行為を繰り返したのち刺殺した。本事件が誘引となり、リベンジポルノの関連法案が成立した。2016年3月15日にに東京地裁により懲役22年の判決が下された。

※被害者の女子高生は芸能活動の経験があるがこの記事では匿名とする。

背景[編集]

被害者の女子高生は学校内の学業成績も優秀であり、英語コースで成績はトップクラスで海外留学をしており、死亡時は高校3年生で都内の大学の推薦入試を受ける予定だった[1]。有名脚本家や有名現代美術家を親戚に持ち、母親も画家として個展を開くなど芸術一家の環境に育った[2]。小学5年時に芸能事務所にスカウトされて芸能活動をしており、映画や民放ドラマにも出演していた[1]。そのため、メディアは事件発覚当初は被害者を学業優秀で芸能活動をしている女子高生というかたちで報道していた。

容疑者の男はフィリピンマニラ市出身で、日本人を父に、フィリピン人を母に持つ混血児(ジャピーノ)であった。フィリピンのマニラ出身でフィリピン人の母とともに1歳10か月のときに来日[3]。男は両親に婚姻関係があり、日本国籍を持っていた。

事件の概要[編集]

2011年10月頃、関西在住の男が東京在住の女子高生と実名制SNSを通じて知り合い、同年12月から遠距離恋愛というかたちで交際が始まった。男性は日比混血児(ジャピーノ)の高校卒業後はフリーターをしていたが、南米ハーフの関西有名私大学生と偽って交際していた[2]

約1年間交際していたが、女子高生が2012年秋に外国留学するようになった頃から男性への別れ話が出た。2013年春に女子高生が留学を終えて帰国したが、男性は執拗に復縁を求めた。女子高生は男からの連絡をしぶしぶ取っていたが、2013年6月からは携帯電話を着信拒否し、連絡を完全に絶つようになった。

復縁できないと思った男性は2013年夏から女子高生の殺害計画を練りはじめ、同年9月27日に男は居住していた関西から、女子高生が住む東京へ高速バスで上京。この時友人に「4、5年ほどアメリカに行く。その前に彼女と話がしたい」と話していた。9月28日武蔵野市吉祥寺の雑貨チェーン店で凶器となるペティナイフ(刃渡り13cm)を購入した。

男が三鷹市の自宅のそばまで来ていることを知った女子高生は10月4日にストーカー被害を在籍高校の担任教諭らに相談。学校側は近くの杉並警察署に電話で問い合わせ、署の担当者は女子高生の自宅を管轄する三鷹警察署に相談するよう指導した。

10月8日午前に女子高生は両親と三鷹署を訪れて「待ち伏せされている」などと男のストーカー行為について相談。三鷹署の警察官はストーカー規制法に基づき、女子高生が把握していた男の携帯電話の電話番号に3回電話をかけたが電話に出ず、連絡するよう留守番電話に入れた[4]。女子高生はその後に1人で高校に登校し、授業が終わった後で帰宅した際には両親は仕事等の用事で外出しており、自宅には彼女だけだった。

男は昼過ぎに被害者宅2階の無施錠の窓から侵入し、1階の女子高生の部屋のクローゼットに隠れて、殺害の機会をうかがっていた。クローゼットに隠れながら殺人事件まで友人に無料通信アプリを通じて被害者宅の電話番号とみられる番号を告げる形で室内に誰かいないか確認する電話をかけるよう依頼していたが、その一方で「ふんぎりつかんからストーカーじみたことをしてる」「そのつもりなかったけどなんやかんやで押し入れの中。出たいけど出られへん」「三時間前のおれしね」「あー無事にかえりたいよぅ」「詰みだわ」と殺害に葛藤があるかのような言葉を送信していた[5]

16時53分、男は女子高生の部屋で潜んでいたクローゼットから出て、ペティナイフを持って女子高生を襲撃した。男は被害者宅の外の道路にまで逃げた女子高生を追廻し、首や腹に11カ所の刺し傷や切り傷をおわせた(致命傷は3カ所あった)。16時55分に路上で倒れている女子高生が発見され、110番通報がされた。18時30分に男はズボンに血痕があったことから警察官から職務質問され、事件への関与をみとめたため、殺人未遂罪で緊急逮捕された(男は襲撃から逮捕されるまで、友人や母親に携帯電話で殺害を実行したことを告げた)。女子高生は帰宅した際に三鷹署の署員と電話で話しており無事帰宅したことを16時51分に伝えていたが、電話を切った直後に事件は起きた。逗子ストーカー殺人事件を教訓に対策を強化した改正ストーカー規制法が5日前の10月3日から施行された矢先のストーカー殺人であった。2013年10月11日に男性の供述から、路上に捨てられた凶器であるペティナイフが発見された。

リベンジポルノ[編集]

男は7月22日に米国のアダルト動画・静止画共有サービスサイトであるXVideosで女子高生のニックネームにちなんだハンドルネームで自分の投稿スペースを作成し、10月2日から10月6日にかけて交際中にプライベートに撮影された女子高生にまつわる女子高生の性的な画像や動画をアップロードした。さらに男は10月5日から10月8日の殺害直後に逮捕されるまで、短文投稿サイトや巨大掲示板の復讐を扱うスレッド、地域掲示板の三鷹市に絡むスレッドで、三鷹で怨恨殺人を示唆するコメントなど被害者である女子高生との関連を示唆しながら、自分がアップロードした米国のアダルト動画・静止画共有サービスサイトのURLを投稿した。殺人事件がメディアで大きく報道されるにつれて、男のネット投稿に気づいたネット住民によって女子高生の性的な画像や動画がダウンロードされ拡散した[6]。女子高生の性的な画像や動画が拡散していることは大手メディアでは当初は報道しなかったが、やがて一般紙でも本事件を報道する際に本件をリベンジポルノであるとして紹介するようになり、リベンジポルノが社会問題として認識されるようになった。国会でもリベンジポルノが問題視され議論されるようになり、2014年11月19日にリベンジポルノへの罰則を盛り込んだリベンジポルノ被害防止法が成立した[7]

裁判[編集]

2013年10月29日に男は殺人罪、銃刀法違反、住居侵入罪で起訴された。2014年7月22日に東京地裁立川支部で裁判員裁判が行われた。裁判員は6人中5人が男性という構成であった[8]

検察は被告人が高卒なのに関西有名私大学生と終始偽って交際し、女子高生と同時期に別の女性とも二股交際し、女子高生との約1年間の交際を経て、女子高生から別れ話を持ち出されると、執拗に「裸の画像を流出させる」と脅し始め、復縁が不可能と知った被告人は殺害計画を決意し、犯行に備えてジムに通って体を鍛え、自己を鼓舞するかのような犯行メモを残していたことを提示した[8]。また被告人の母親は2013年3月に女子高生から電話で「(男に)手錠をかけられ、レイプされた」と訴えられたことなどを証言した[9]

女子高生の父親が被害者参加制度で法廷に出廷し、「(獄中で取材等を受けており)とても自己顕示欲が強くて達成感すら感じている。反省の気持ちも感じられない」「事件当日の午前中に娘から仮に自分が殺された場合について聞かれ『どんな方法を使ってでも敵をとる』と話した」「結婚13年目にできた娘で私たちの希望で光だった。(娘の死で)希望が消え、私たち夫婦の将来も消し飛ばされた」と述べた[10]

被告人質問で被告人は事件について「彼女を失った苦痛から逃れるために殺害を考えた」「脅してまで関係を続けるのはおかしいと思い、忘れようとしたが(気持ちが)積もっていった」「(殺害について)心の整理ができておらず混乱しているが、後悔している」「(遺族が)苦しんでいると想像できるが共感はできない。謝罪の気持ちはまだ抱けていない」「(性的な画像や動画の流出・拡散は)彼女と交際したことを大衆にひけらかしたかった。付き合った事実を半永久的に残したかった。かなり話題になると思った」「彼女の尊厳を傷つけたいという気持ちもあった」と話した[10][11][12]

また、被告人とその母親の証言によって、貧困生活の中で狭い部屋の隣室で母親が交際相手と性行為をするあえぎ声を聞き、母親の交際相手から過酷な虐待を受け、母親が何日も家に帰ってこないことが日常茶飯事で近所のコンビニで消費期限の切れた弁当を無心する生活を送り、母親も交際相手から暴力を振るわれていたことなど、「児童虐待」「ネグレクト」「DV」の三重苦に苦しめられた被告人の成育歴が法廷で語られた[8]

2014年7月29日、検察は論告で「逃げる女子高生を追いかけ、路上でまたがり多数回刺しており、極めて悪質。(性的な画像や動画の流出・拡散は)殺害だけでは飽き足らず、女子高生を侮辱し名誉を汚した。犯行は執拗、残忍で大胆。被害者に落ち度はなく経緯に酌量の余地はない」と述べ、被告人に対し無期懲役を求刑した[13]。女子高生の母親は「被告は娘の未来、夢、希望、尊厳も全て冒涜した。二度とこのような事件があってはならない。極刑で償うべきだ」と述べた[14]。弁護側は最終弁論で「殺意は強固ではなく、幼少期から虐待を受けるなどした生育歴が心理的負担になった」として懲役15年が相当と主張していた[13]

2014年8月1日、東京地裁立川支部は「強固な殺意に基づく執拗で残忍な犯行。高い計画性も認められる」「(性的な画像や動画の流出・拡散は)極めて卑劣」「被害者に落ち度はなく、犯行動機はあまりに一方的で身勝手」「成育歴の影響が背景にあるとはいえ、反省を深めていると認められず、被害者や遺族に謝罪の言葉すら述べていない」とした一方で、「若くて更生可能性がある」等として被告人に対し、有期刑の上限である懲役22年を言い渡した[15]。女子高生の両親は懲役22年の判決について「失望した。なんでこんなに軽いのか、全く理解できない。(判決は)リベンジポルノの犯罪の本質、被害の大きさを全く理解していない」とのコメントを出した[16]。被告人は8月4日付で東京地裁立川支部の裁判員裁判判決を不服として控訴した。被告人の代理人弁護士は、控訴の理由を「過酷な成育歴が十分に考慮されていない」と説明している[17]

2015年2月6日、東京高裁は「(公判前整理手続きにおいて、リベンジポルノに関する)主張・立証を行うことの当否、範囲や程度が議論された形跡は見当たらず、裁判官による論点整理や審理の進め方に誤りがある」として、論点を整理した上で改めて裁判員裁判で量刑を検討することが必要として、地裁に差し戻す判決を言い渡した[18]

2015年8月7日、被告人は児童ポルノ禁止法違反(児童ポルノ公然陳列罪)とわいせつ電磁的記録媒体陳列罪で追起訴された[19]。これらの罪状で当初起訴されなかったのは両親が被害者の名誉が傷つくことを懸念したためであったが、東京高裁の判決を受けて画像・動画投稿行為が罪に反映されずに量刑が軽くなる可能性が出てきたために同年7月に刑事告訴をしたことを受けてのことであった[20]。東京地裁立川支部は期日間整理手続を開き、追起訴した児童買春・ポルノ禁止法違反等を殺人罪等と併合して審理することを決定した[21]

弁護側は「いったん判決が出た後に検察側が追起訴したことは公訴権の乱用で違法」と主張したが、2016年3月15日、東京地裁立川支部は「(画像投稿の)性質、内容を踏まえれば、被害者側の意向が当然考慮されてしかるべき」として問題ないとし、裁判員裁判は求刑懲役25年に対しては「不十分ながら謝罪の言葉を述べている」ことが考慮されて懲役22年判決を言い渡した[22][23]。被告側は3月23日に控訴した[24]

出典[編集]

以下の出典において記事名に被疑者の男の実名が使われている場合、この箇所を伏字とする

  1. ^ a b “女優への憧れ…三鷹の高3、英語でもブログ”. 読売新聞. (2013年10月9日) 
  2. ^ a b 李策『「在日」の正体』ミリオン出版。
  3. ^ “三鷹市ストーカー殺人事件公判傍聴記”. スポーツ報知. (2014年7月25日). http://weblog.hochi.co.jp/tajihouronn/2014/07/post-7076.html 
  4. ^ 殺人事件後の捜査で、この携帯電話番号は着信拒否を受けた男性が知人から携帯電話を借りた際にかけたものであり、女子高生は着信拒否したこの電話番号を男の新しい携帯電話番号と誤認していたことが発覚しており、三鷹署の警察官の電話は男の携帯電話にかからなかったことが判明している
  5. ^ “三鷹女子高生殺害 「会いたい」「釣り合わない」浮かびあがる葛藤”. iza. (2013年10月16日). http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/131016/evt13101611360023-n1.html 2016年3月5日閲覧。 
  6. ^ “三鷹女子高生刺殺事件、被害者の画像/動画のネット拡散、どう考える?”. ハフィントン・ポスト. (2013年10月9日). http://www.huffingtonpost.jp/2013/10/09/mitaka-privacy_n_4067896.html 
  7. ^ “リベンジポルノ防止法が成立”. ITmedia ニュース. (2014年11月19日). http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1411/19/news104.html 2016年3月5日閲覧。 
  8. ^ a b c 三鷹ストーカー殺人裁判で判明 母親の性を巡る被告のトラウマ(週刊文春 2014年8月7日号)
  9. ^ “女子高生父親「死刑望んでいる」…三鷹ストーカー殺人事件第2回公判”. スポーツ報知. (2014年7月24日) 
  10. ^ a b “三鷹ストーカー殺人初公判 遺体写真まであった被告の鬼畜素顔”. エキサイトニュース. (2014年7月30日). http://www.excite.co.jp/News/society_g/20140730/asahi_20140730_0003.html 2016年3月5日閲覧。 
  11. ^ “画像流出は「付き合った事実残すため」”. 産経新聞. (2014年7月24日) 
  12. ^ “「全否定されたと思った」「急所、狙った」 ○○被告、「後悔も」”. 産経新聞. (2014年7月29日14時5分) 
  13. ^ a b “三鷹ストーカー殺人、元交際相手に懲役22年判決 東京地裁立川支部”. 日本経済新聞. (2014年8月1日) 
  14. ^ “「甘い求刑に怒り」 女子生徒の両親コメント”. 産経新聞. (2014年7月29日) 
  15. ^ “三鷹ストーカー殺人 被告に懲役22年判決”. 東京新聞. (2014年8月2日) 
  16. ^ “「リベンジポルノ被害、理解していない」 両親、判決に失望 三鷹ストーカー殺人”. 産経新聞. (2014年8月1日) 
  17. ^ “元交際相手控訴 「成育歴が考慮されていない」三鷹ストーカー殺人”. 産経新聞. (2014年8月5日) 
  18. ^ “○○被告の1審判決(懲役22年)を破棄 「リベンジポルノの過大評価は誤り」”. 産経新聞. (2015年2月6日). http://www.sankei.com/affairs/news/150206/afr1502060025-n1.html 
  19. ^ “リベンジポルノで追起訴 東京・三鷹女子高生殺害で東京地検”. 日本経済新聞. (2015年8月8日) 
  20. ^ “三鷹ストーカー:リベンジポルノ追起訴 23歳被告”. 毎日新聞. (2015年8月7日) 
  21. ^ “リベンジポルノも併合審理 三鷹ストーカー事件差し戻し審”. 日本経済新聞. (2015年8月22日) 
  22. ^ “三鷹の高3刺殺、やり直し裁判も懲役22年判決”. 朝日新聞. (2016年3月15日) 
  23. ^ “三鷹ストーカー殺人やり直しても変わらぬ懲役22年”. 日刊スポーツ. (2016年3月16日) 
  24. ^ 元交際相手側が控訴=三鷹ストーカー事件

関連書籍[編集]

  • 福井裕輝『ストーカー病―歪んだ妄想の暴走は止まらない』光文社。
  • 仙田学「愛と愛と愛」(『文藝』2016年秋季号、河出書房新社)

関連項目[編集]