三雲南小路遺跡

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三雲南小路遺跡

三雲南小路遺跡(みくもみなみしょうじいせき)は、福岡県糸島市にある遺跡で国指定史跡となっており、市内の細石神社の裏手に所在する。 周溝をもつ墳丘墓で、甕棺墓2基をもつ弥生時代の王墓である。

概要[編集]

文政5年(1822年)2月、三苫清四郎が住宅の土塀を築こうと南小路の畠の土を取ろうとして偶然発見したという。後の1974年(昭和49年)の再調査の時に「2号甕棺」が発見された。平成の学術調査で「周溝」をもつことが判明し、現在は「方形周溝墓で、甕棺を2器を添える様にして設置した墓」である、とされる。甕棺の形式は「立岩式古段階(弥生時代中期中頃)」の形状をもつ。「2号甕棺(王妃墓)」の被葬者は北東方向に顔を向けた形で葬られていた、らしい。「1号甕棺(王墓)」は正確には不明だが、2つの甕棺が添うように安置されている事から、同様の形式で埋葬されたと思われる。加えて、西側の周溝に「祭祀跡」とみられる痕跡があり、東側の「高祖山系」の山並みとの関連性がうかがえる。これは後の時代の平原遺跡1号墓(平原弥生古墳)に通じるものであろう[1]

最新の研究では、この三雲南小路遺跡と、春日市の「須玖岡本遺跡の巨石下甕棺墓」とは同一規模の構造を呈している可能性が示唆されている[2]

副葬品[3][編集]

「1号甕棺」 甕棺外部

  • 銅剣 1
  • 銅戈 1
  • 朱入小壺 1

甕棺内部

  • 銅矛 2
  • 銅鏡(前漢鏡) 31面以上
  • ガラス壁(瑠璃壁)破片 8個以上
  • ガラス勾玉 3個
  • ガラス管玉 60個以上
  • 金銅製四葉飾金具 8個以上

※銅鏡は27.3センチメートルから16.0センチメートルの物で『連弧文銘帯鏡』が 26面以上と大半を占める。

「2号甕棺」

  • 銅鏡(前漢鏡) 22面以上
  • ガラス垂飾(瑠璃壁の破片の再利用品?) 1
  • 勾玉 13個(硬玉製 1、ガラス製 12)

※銅鏡は11.4センチメートルから6.0センチメートルの小型鏡で、『連弧文「日光」銘鏡』が 16面以上と大半を占める。

所在地[編集]

  • 福岡県糸島市三雲

脚注[編集]

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  1. ^ 「三雲遺跡 南小路地区編」福岡県文化財調査報告書、第69集 福岡県教育委員会1985
  2. ^ 「自然と遺跡からみた福岡の歴史」福岡市史編集委員会2013
  3. ^ 「柳園古器略考」青柳種信著、「三雲遺跡 南小路地区編」福岡県文化財調査報告書、第69集 福岡県教育委員会1985

参考文献[編集]

  • 「柳園古器略考」青柳種信著
  • 「悲劇の金印」原田大六著 
  • 「三雲遺跡 南小路地区編」福岡県文化財調査報告書、第69集 福岡県教育委員会1985
  • 「自然と遺跡からみた福岡の歴史」福岡市史編集委員会2013

外部リンク[編集]