三輪正義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
三輪 正義
東京ヤクルトスワローズ #60
YS-Masayoshi-Miwa20130503.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 山口県下関市
生年月日 (1984-01-23) 1984年1月23日(32歳)
身長
体重
168 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手三塁手二塁手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト6巡目
初出場 2009年7月10日
年俸 1,830万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

三輪 正義(みわ まさよし、1984年1月23日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手外野手内野手)。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

1999年下関中央工高に進学。一年夏からレギュラーを務めるが、甲子園出場はならなかった。

高校卒業後、燃料取扱商社の山口産業(宇部市)に入社し、軟式野球部に入る。2003年に行われたNew!!わかふじ国体では軟式野球の山口県代表に選出されている。

独立リーグ時代[編集]

2005年

四国アイランドリーグの入団テストを受験し、香川オリーブガイナーズに入団。リーグ2位の24盗塁を記録した。

2006年

26犠打でリーグ最多犠打を記録。秋には松山でキャンプ中の東京ヤクルトスワローズと対戦し、攻守に活躍を見せた。監督の古田敦也の目に止まり賞賛された[要出典]が、ドラフト指名にはいたらなかった。

2007年

当時のリーグ新記録となる40盗塁で、リーグ盗塁王のタイトルを獲得した。再び秋季キャンプ中のヤクルトと対戦し、活躍を見せる。前年に続き監督の高田繁から評価され、「高田枠」でのドラフト指名を熱望される[要出典]。11月19日のドラフト会議東京ヤクルトスワローズから6巡目で指名を受けた。四国アイランドリーグから内野手がドラフト会議で指名を受けたのは、三輪が最初である。香川では通算262試合に出場し打率.236(912打数215安打)・0本塁打・54打点・90盗塁。

NPB時代[編集]

2011年7月10日、秋田県立野球場にて
2008年

イースタン・リーグで80試合に出場し、二塁手としてレギュラーの梶本勇介に次ぐ50試合、遊撃手としても15試合守備についた。元々送球に難があるとされており、特に遊撃手としては失策が多かった。課題とされた打撃面は、打率.283、出塁率.349と1年目としては上々の結果を残した。イースタン・リーグ2位となる24盗塁を記録した。

2009年

イースタンリーグでの成績が評価され、6月26日に一軍選手登録されたが、翌日抹消された。7月9日に再び一軍登録され7月10日の横浜戦で代走で初出場、盗塁を試みるも失敗に終わった。イースタンリーグでは主に二塁手として出場し、盗塁王(36盗塁)と最高出塁率(.397)の二冠となり、打率もリーグ3位の.321であった。シーズン終了後、宮崎でフェニックスリーグに参加していたが、10月19日に三度目の一軍登録を受け、同日の中日ドラゴンズとのクライマックスシリーズ第3戦に代走として出場した。

2010年

一軍キャンプスタートとなり、オープン戦でも主に代走として起用された。4月9日の対阪神タイガース戦に1番レフトでスタメン起用され、最初の打席で安藤優也からプロ入り初安打を放った。内野手登録だが、2010年は左翼手としての出場しかなかった。

2011年

スタメン出場は1試合に終わったが、故障した福地寿樹にかわり、代走の切り札としてリーグ2位の39回出場し、守備では外野全ポジションにサード、セカンドと5つのポジションを守った。

2012年

プロ入り初の二塁打をマークするなどと自己最多65試合に出場。代走としてチームトップの29回出場し、守備では昨年と同じく5つのポジションを守った。

2013年

4月9日戸田球場で行われたファーム練習試合・新潟アルビレックスBC戦にてプロ入り初の「2番・捕手」でスタメン出場。同年の4月12日一軍に登録。4月17日の対中日戦で9回に畠山和洋の代走として出場したが、チームが同点に追いつき延長戦に入った際に選手を使い果たし、ベンチに一塁を守ることができる選手が一人もいなくなってしまったため、急遽プロ入り初めて一塁手として守備に就いた。4月25日の対広島戦に記録したプロ入り初打点が、「人生初」のサヨナラヒットとなった[2]

2014年
2015年
2016年

6月26日の中日戦、4-4の延長11回1死満塁の場面で代打で登場すると、センターに3年ぶりのサヨナラヒットを打った[3]

選手としての特徴[編集]

内野手外野手の全ポジションをこなせるユーティリティープレイヤー。二軍では捕手として出場したこともある。

50m5秒7と俊足が持ち味であり、香川時代では通算261試合に対し90盗塁をマークし、イースタンリーグでは2009年盗塁王(36盗塁)を獲得している。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2009 ヤクルト 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
2010 10 16 16 2 3 0 0 0 3 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 .188 .188 .188 .375
2011 54 16 13 15 1 0 0 0 1 0 5 2 3 0 0 0 0 2 0 .077 .077 .077 .154
2012 65 39 29 15 8 1 0 0 9 0 6 1 8 0 2 0 0 5 0 .276 .323 .310 .633
2013 75 56 45 10 15 0 0 0 15 5 6 0 5 0 6 0 0 6 0 .333 .412 .333 .745
2014 32 22 20 7 5 1 0 0 6 1 0 0 1 0 1 0 0 2 1 .250 .286 .300 .586
2015 87 102 86 13 20 1 2 0 25 7 4 2 6 1 9 0 0 23 1 .233 .302 .291 .593
2016 51 41 33 9 8 0 1 0 10 2 1 0 5 0 3 0 0 10 1 .242 .306 .303 .609
NPB:8年 377 292 242 71 60 3 3 0 69 15 23 7 28 1 21 0 0 48 3 .248 .307 .285 .592
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 二塁 三塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2010 - - - 5 9 0 0 0 1.000
2011 - 1 1 1 0 0 1.000 5 0 2 0 0 1.000 28 8 0 0 0 1.000
2012 - 6 5 13 0 4 1.000 18 1 20 2 1 .913 32 13 0 0 0 1.000
2013 5 10 0 0 0 1.000 6 5 9 0 0 1.000 4 0 1 0 0 1.000 46 25 0 1 0 .962
2014 3 7 0 0 0 1.000 - 4 0 1 0 0 1.000 18 8 0 0 0 1.000
2015 - - 2 1 2 0 0 1.000 73 45 0 0 0 1.000
2016 - - 2 1 0 1 0 .500 31 19 2 0 0 1.000
通算 8 17 0 0 0 1.000 13 11 23 0 4 1.000 35 3 26 3 1 .906 233 127 2 1 0 .992
  • 2016年度シーズン終了時

独立リーグでの成績[編集]

以下の数値は四国アイランドリーグplusウェブサイト掲載の各シーズン選手成績による[4]









































2005 香川 .233 88 376 335 31 78 2 2 0 19 57 30 1 9 1 24 .251 .297
2006 .256 88 373 320 42 82 8 1 0 16 36 26 1 26 0 26 .288 .314
2007 .214 86 309 257 44 55 7 3 0 19 38 31 1 18 2 40 .265 .299
通算:3年 .236 262 1058 912 117 215 17 6 0 54 131 87 3 0 3 90 .268 .303
  • 各年度の太字はリーグ最高。

記録[編集]

背番号[編集]

  • 6 (2005年 - 2007年)
  • 60 (2008年 - )

脚注[編集]

  1. ^ ヤクルト - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年12月7日閲覧。
  2. ^ ドン底のヤクルト“苦労人”三輪が人生初サヨナラ打 2013年04月26日スポニチ Sponichi Annex
  3. ^ ヤクルト代打三輪サヨナラ打も歓喜の輪に入れず?日刊スポーツ2016年6月27日
  4. ^ 記録 - 四国アイランドリーグplus

関連項目[編集]

外部リンク[編集]