三菱石油

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三菱石油株式会社
Mitsubishi Oil Co., Ltd.
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Mitsubishioil ss.jpg
埼玉県上尾市の三菱石油の店舗。1995年に制定されたカラーリング。給油機についてはENEOSへの移行期であるためENEOSのものへ変更されている。ENEOSに転換後2010年代半ばに建て替えられ現存せず。
種類 株式会社
市場情報
東証1部 5004
1952年1月28日 - 1999年3月25日上場
大証1部(廃止) 5004
1954年12月1日 - 1999年3月25日上場
略称 三菱、MOC
本社所在地 日本の旗 日本
105-8457
東京都港区虎ノ門一丁目2番6号
設立 1931年(昭和6年)2月14日
業種 石油・石炭製品
事業内容 1. 石油類及びその副産物の探鉱、開発、精製、売買、貯蔵並びに輸送
2. 各種石油化学工業
3. 原子燃料、石炭、天然ガス、その他石油代替エネルギーに関する事業他重電システム
代表者 泉谷 良彦(代表取締役社長
資本金 836億円
売上高 1兆732億円
従業員数 2,114名
決算期 3月
外部リンク http://www.inter-g7.or.jp/moc/
特記事項:各種経営指標は1998年3月期のもの。但し売上高は1997年3月期。
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三菱石油株式会社(みつびしせきゆ、: Mitsubishi Oil Co., Ltd.)は、かつて存在した三菱グループ石油元売企業。現在のENEOSの前身の一つ。

概要[編集]

三菱合資会社、三菱鉱業(現・三菱マテリアル)、三菱商事三菱財閥3社とアソシエーテッド・オイルの合弁により設立。日本の石油会社において初の外資提携であった。

アソシエーテッド・オイルは1936年にタイドウォーターと合併しタイドウォーター・アソシエーテッド(1956年にタイドウォーターに改称)となり、さらに1967年にはゲッティ・オイルに買収されるが、同社は1984年にテキサコに買収された。それを契機にテキサコとソーカルの合弁会社であった、カルテックス(いずれも現在のシェブロン)と提携関係にあった日本石油と提携し、その後の合併への足がかりともなった。

スタンドの看板は、1990年代の中盤まで白地に赤いスリーダイヤの丸い看板であったが、三菱商事石油(現・三菱商事エネルギー)との混同を避けるため橙地に黄色の縦長長方形に変更された。

1999年平成11年)4月1日日本石油合併日石三菱株式会社(にっせきみつびし、略称:NMOC)となった。同社は2002年(平成14年)6月27日新日本石油株式会社に社名を変更し(略称は新日石、英文社名は合併前の日石のものに復した)、社名から三菱の名は消えた。橙地の看板については2001年にENEOSに統一されるまで使用された[注釈 1]

なお、三菱合資会社の岩崎小弥太と日本石油の水田政吉元社長は学寮の先輩後輩の関係にあり、岩崎は三菱石油設立に当たり水田を通じて日本石油から了解を得ていた[1]

沿革[編集]

広告活動[編集]

ここでは旧三菱石油時代のテレビコマーシャル出演者、およびスポンサー番組について示す。

テレビCM出演者[編集]

スポンサー番組[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 日石三菱発足以後も、白地の丸い看板或いはキャノピー(屋根部分)に取り付けられた正方形の看板や、スリーダイヤマークと「MITSUBISHI」ロゴが書かれた電飾看板も若干ながら残っていた。このほか、多数の看板が合併後も『三菱石油』のままで存続していた。
  2. ^ 1992年秋の改編でアデランスから引き継いだ。その後撤退

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]