三潴県

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三潴県(みずまけん)は、明治4年(1871年)に筑後国を管轄するために設置された。管轄地域は、当初は現在の福岡県筑後地方、のちに佐賀県が合併された。

概要[編集]

沿革[編集]

  • 明治4年11月14日1871年12月25日) - 第1次府県統合により久留米県三池県柳川県が統合され、筑後国に三潴県が発足。県庁は三潴郡榎津町(現在の大川市大字榎津)に設置されるが、まもなく三潴郡向島村字若津(現在の大川市大字向島字若津)に移転。
  • 明治5年(1872年) - 県庁が御井郡両替町(現在の久留米市城南町。旧久留米城御使者屋)に移転。
  • 1876年(明治9年)
    • 4月18日 - 第2次府県統合により佐賀県(第2次)を合併。
    • 8月21日 - 三潴県のうち旧佐賀県(第2次)が長崎県に、残部が福岡県に合併。同日三潴県廃止。

管轄地域[編集]

カッコ内は現在の地域名。肥前国は佐賀県(第2次)を合併した地域。

歴代知事[編集]

関連項目[編集]

先代:
久留米県三池県柳川県
佐賀県(第2次)
行政区の変遷
1871年 - 1876年
次代:
福岡県筑後国
長崎県肥前国