三枝の国盗りゲーム

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三枝の国盗りゲーム
ABCホール.JPG
番組の公開収録が行われていたABCホール
(写真は2008年のもの)
ジャンル クイズ番組ゲーム番組
放送時間 当該節参照
放送期間 1977年10月2日 - 1986年3月20日(410回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 朝日放送
製作総指揮 村田弘道(チーフP)
プロデューサー 北條信之
出演者 桂三枝
ほか
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三枝の国盗りゲーム』(さんしのくにとりゲーム)は、テレビ朝日系列局で放送されていた朝日放送製作のクイズ番組ゲーム番組である。全410回。製作局の朝日放送では1977年10月2日から1986年3月20日まで放送。

出演者[編集]

司会[編集]

出題ナレーター[編集]

三枝は「問題提出者」と紹介していた。

アシスタント[編集]

放送時間[編集]

当初はローカル番組だったが、半年後の1978年4月から全国ネットになった。1978年4月から同年9月までは毎週日曜 15:30 - 15:55 (日本標準時、以下同)に、1978年10月から1979年3月までは毎週日曜 18:30 - 19:00 に放送。そして1979年4月からは毎週木曜 19:30 - 20:00 に放送されていた。

概要[編集]

の4人の解答者(一般視聴者、特に一定の年齢層(4人すべてが30代であれば30代ばかり)を寄せ集めなかった)の対戦による個人戦で、前半のクイズコーナーと後半の坊主めくりゲームとで構成されていた。なお、当初はの4人の解答者(一般視聴者)で構成された(1977年10月2日 - 1979年5月24日)。1982年頃から、バックに電飾がつけられるようになった(クイズ正解時、優勝決定時に点灯する)。

観客席真正面に置かれた、長四角を組み合わせて日本列島を模したパネルが特徴であった。解答者はそのパネル上で「」に見立てた47都道府県の陣地争奪戦を繰り広げた。

番組構成[編集]

オープニング・解答者紹介→CM→前半戦(クイズコーナー)→CM→後半戦(坊主めくりゲーム)・優勝者決定→海外旅行チャレンジ(その前にVTR紹介あり)→エンディング(全員集合で御辞儀して暗転)→次回予告で構成。

早押しクイズ・テーマクイズ[編集]

  • コーナー前半は早押しクイズで、正解者はその陣地となる都道府県を1回の正解につき2か所獲得できる。早押しクイズコーナーは「一般問題」に入り、途中「音楽問題」「映像問題」(「モンタージュ・ボイス・私は誰?」(偉人たちの声を特殊な方式で再現させた)、「反転クイズ」、「ふるさとスポットクイズ」など)を挟み、再び「一般問題」へと移る。
  • 30か所の都道府県が陣地として埋まった時点で通常の早押しクイズは終了し(合図として法螺貝の音が鳴る)、週替わりのテーマに基づいた問題が3問出題された。1問目は「音楽問題」、2問目は3種類の映像による「3択問題」(この2問は早押し)、3問目は近似値クイズが出題され、1問正解ごとに陣地を3か所獲得できた。3問目の近似値クイズはフリップに解答を書く形式で、内輪・外輪に限らず一番近い解答者が陣地を獲得できた(ただし、内輪・外輪両方同じだったら内輪となる)。なお、この「テーマ問題」に限り、獲得できる陣地の数は不正解の場合次の問題に繰り越された。近似値クイズでは解答者のいずれかが必ず陣地を獲得するため、最終的には47都道府県のうち39か所が陣地として埋まることになっている。
    • テーマ問題には例として各放送分ごとに以下の内容が存在した(いずれも番組最末期)。
      • 1986年2月20日:入試
      • 1986年2月27日:ラーメン(神戸のラーメン職人がスタジオゲストで出演)
      • 1986年3月13日:単身赴任(高松のサラリーマンと女性ピアニストがスタジオゲストで出演)
      • 1986年3月20日(最終回):当番組のタイトル(お坊さん達がスタジオゲストで出演)
  • 都道府県の中で「小判」の絵が4か所(5か所の時もある)、「ダイヤモンド」の絵が1か所隠されており、これを引き当てると小判の場合は賞金1万円のボーナス(番組中では「軍資金」と呼ばれた)、ダイヤモンドの場合はダイヤモンドの指輪を獲得できた。後期には「玉手箱」1箇所も隠されており、これを引き当てた解答者には、その場で四字熟語を当てるクイズが出題された。これに正解するとパソコンがプレゼントされた。また、正月特番限定で「」も隠されており、これを引き当てた場合には罰ゲームが課せられた。他に「」も隠されており、ここに的中すると必ずズームアップされた。
  • お手つき・誤答の時には解答席の前にの看板が置かれ(兜はボロボロに欠けてしまった状態で表現していたが、お手つき・誤答が増えるたびに酷くなっていた)、3個で失格(このとき流れたBGMはその後、同局のローカル番組『娘100人ムコ6人?』でオーストラリア旅行獲得失敗の時にも使われた)になり、以降のクイズの解答権がなくなり、前半最後の近似値クイズまでゲームに参加できなくなった。ただし、不参加中の問題で他の解答者が誰も解答できず時間切れとなった場合には解答権があり、正解すれば兜2個の状態で復帰できた(前半最後の近似値クイズもこの状態で復帰)。
  • 前半終了の時点で一番陣地を獲得した解答者には「クイズ賞」(この時、テロップ「クイズ賞決定!」が表示される)として賞金5万円が贈られたが、坊主めくりゲームでの展開により、その解答者が必ず優勝できるとは限らなかった(しかしながら、番組最末期の1986年2月27日放送分など、後述の「坊主めくりゲーム」における佐渡島決着さえも行わずして、クイズ賞からそのまま逃げ切り優勝した挑戦者も実在した)ため、2回目のCMに入る前に三枝は「でもまだわかりません。果たして後半どうなることでしょうか?お楽しみに…」と言う決まり台詞があった。
  • なお、「軍資金」「ダイヤモンド」「パソコン」「クイズ賞」は、一度獲得すれば後半の坊主めくりゲームの結果に関係なく持ち帰ることが出来た。
  • 前半終了時点で「ダイヤモンド」「玉手箱」が出なかった場合、隠されていた都道府県を紹介するが、後半の坊主めくりゲームでは無効となり、当該の都道府県を選択しても獲得できなかった。
  • 現在の『パネルクイズ アタック25』(1994年3月6日放送分から採用開始)にあるような、画面下部における「答:○○××」の字幕スーパーは一切出てこなかった。

坊主めくりゲーム[編集]

前半戦のクイズコーナーで獲得されなかった領地(8か所)を解答者が1つずつ指名し、解答者はその領地をいかに勘よく引くかで天国か地獄かが決まるという大逆転のチャンスを賭けたコーナーで、後述の海外旅行チャレンジゲームともども「」と「」だけが試されるコーナーだった。

  • 出だしは佐渡島の領地が2枚だった時代と3枚だった時代では、ジングルこそ変わらないもののそれぞれで違っていた(前者は都道府県地図のボードをバックにしたものだったが、後者ではスタジオの解答席を直接映し出していた)。また、「坊主めくりゲーム」のロゴもそれぞれで違っていた(前者ではジングルが終わりかけたところで丸みを帯びたロゴが回転しながら出てきたが、後者ではジングルが鳴っている間にロゴが逆さに出てきたり、ゴムの様に伸縮していたり、画面右上から踊るような格好でジグザグしながら出てきたこともあった)。
  • 順番は当初、クイズで獲得した陣地が少ない人を基点として右回り順で引いていった。画面上一番右側の人の次は、一番左側の人が引くことになっていた。
    • 後にこの順番は早押しクイズで獲得した陣地が少ない順に改められ、兜が置かれた場所に番号札が置かれるようになった。つまり、一番多く陣地を取った人は最後に回された。
  • 8か所残っている領地の中で、坊主が2が所、が3か所、そして何もなしが3か所に隠されていた(このため、パーフェクトは後に佐渡島の領地が3枚に増えるまで存在しなかったことになる)。坊主を引き当ててしまうとトロンボーンで間の抜けた演奏[1]が流れ、解答者が獲得した陣地が没収されるが(画像では点滅状態となる。1巡目で坊主を引き当てても2巡目には引き続き参加でき、自分が姫を引くか佐渡島で別の解答者が坊主を引けば、その没収された陣地を取り返せた)、その後姫を引き当てるとファンファーレが流れ、自分が引いた姫パネルと合わせてその没収された陣地をすべて獲得することが出来た。そのため三枝はゲーム開始前に「皆さんに残っている領地を勘よく引いていただきます。もしもお坊さんが出てまいりますと、持っている領地がなくなりまして、お姫様を引いた人の領地になるんですね」と説明していた。つまり坊主を出す前に姫を引いても、「ノーマル」(三枝は「どちらもなし」と説明)と同じ扱いで1つしか陣地を獲得出来ないことになっていた(その場合は姫を引いても単にシンプルなチャイムが流れたのみ。その際三枝は「1点追加」とコメントしただけ)。
  • 解答者が領地を1つ指名する際、まず1人の解答者をズームアップし、次にほんの一瞬だが都道府県地図と同時に画面左上に解答者のワイプ映像を映し出し、そしてすぐにワイプ映像をなくした領地のズームアップに切り替えた。
    • 坊主のイラストは「頭をかいている」・「煙管を咥えている」・「左手でバイバイしている」・「『アッカンベー』のポーズをする(特に後述する佐渡島決着の時に描かれていた)」・の4ポーズが描かれていた(余談だが、姫のポーズにも微妙な違いがあった)。
  • 坊主めくりゲームが2巡し、47都道府県がすべて陣地として埋まった時点でゲーム終了となる。
  • 坊主めくりゲーム終了時に、まだ没収された陣地が残っている場合には、佐渡島に配置された2枚のパネル(後述する「ノーマル」登場以降は3枚)のうち1枚を引いた。終了時の陣地が一番多い解答者から「引く」か「パスする」かを選択出来た。2枚時代の挑戦者は1人のみで、実際に引いて姫を当てれば陣地獲得、坊主だと解答者がこれまで獲得した陣地がすべて没収・即消滅。点滅していた他の解答者の陣地は没収前の解答者に返還されて終了となった(つまり運がよければ一度没収された陣地を取り返せ、「クイズ賞」から逃げ切ることもできた)。
    • 後に「ノーマル」が登場して3枚になると、1人目が「ノーマル」を選んだ場合、ブルーバック画面に「1点追加」と表示され、後にオレンジ色の無地の画面になって、逆に坊主を選んだ場合は自分の陣地が没収・点滅となり、それぞれ2人目以降の解答者に挑戦権が移った。そして2人目以降の解答者の結果いかんに関係なく、2人目以降の解答者が挑戦したらゲーム終了となった。よって1人目が坊主を引いてもそこで終わらずに2人目以降に回して姫が出るまで挑戦が続く(すなわち坊主を引いてしまった解答者の陣地は没収・点滅となり、一切返還されなくなった)形式に改められた。
    • 最終決着をつけるため佐渡島は、2枚時代は必ず誰か1人が、3枚時代は最大で3人が挑戦しなければならなかった。
    • 後述するように2巡目に入っても既に姫がノーマル扱いで3枚とも出てしまい、陣地が残り2箇所となるまで坊主が出てこなかった場合、この時点で決着は佐渡島に持ち越されることが確定したものと容易に認識できた。
  • 坊主めくりゲーム終了時に、陣地を一番多く獲得した解答者が優勝(すなわち、トップ賞)となり、海外旅行の挑戦権を獲得する。この時にトップが複数いる場合は、じゃんけんでトップ賞を決めていた。
  • この坊主めくりゲームは、ABC制作でテレビ朝日系列全国開始前まで放送された「三枝の結婚ゲーム」の「絵めくりゲーム」でも行われており、「三枝の結婚ゲーム」終了後、ゲームだけがそのまま国盗りゲームで継承された。
  • なお、この番組の前の時間帯で放送されていた『クイズタイムショック』や、現在も放送されている『パネルクイズ アタック25』とは違い、通常の進行ではパーフェクトが存在しない番組としても有名だった。それは坊主が2枚しかないためであり、パーフェクトが成立するためには坊主が3枚なければいけないからである。しかもパーフェクトが出るには、2巡目で坊主→坊主→坊主→姫でなければならなかった。ただ、佐渡島が3枚になってからの末期にはパーフェクトが成立するルールもあった。
    • 最高獲得可能領地数は長年45枚で、佐渡島3枚の末期のみ47枚のパーフェクトが成立することになったが、その際の条件は以下の通り。
      • 45枚が最高だった時は、クイズで39枚を独占した上で、2巡目に「ノーマルまたは姫→坊主→坊主→姫」または「ノーマルまたは姫→ノーマルまたは姫→坊主→坊主→佐渡島で姫」になること。
      • 47枚のパーフェクトが成立するようになった後は、クイズでの結果にかかわらず「ノーマルまたは姫→ノーマルまたは姫→ノーマルまたは姫→ノーマルまたは姫→ノーマルまたは姫→ノーマルまたは姫→坊主→坊主」となり、佐渡島で「坊主→姫」になること。
      • ただし、実際に1人で47箇所の陣地全てを獲得した挑戦者は実在せず、最高記録は1986年2月20日放送分の46箇所だった。
  • 最終回前週、第409回放送回は、2巡目1番目・緑の解答者で姫が3枚とも出てしまい、2番目・青の解答者もノーマルが出てしまい、坊主が2枚とも出ない事態となった。そのため、3番目・白の解答者と4番目・赤の解答者が自動的に坊主を引くことが決まり、ここで没収となった35枚を賭けた佐渡島勝負に移された。ルールにのっとってこの時点でトップだった青の解答者が先に挑戦、左を引いて姫が出たため、43枚で優勝した。仮に青の解答者も坊主を引き、次に緑の解答者が姫を引いたらパーフェクトが成立していた。余談だが、青の解答者は前半のコーナーでクイズ賞は赤の解答者に取られたものの、ダイヤモンドリングを獲得し、さらに後述の海外旅行も白を引いて獲得した(2000年4月29日に関西地区のみで5時間生放送されたABC開局50周年記念特番でも、この回のシーンがほんの一部分だけ紹介された)。
  • 2008年7月6日に関西地区のみで放送された新社屋移転記念番組でも、このコーナーが名物であることを紹介していた。

優勝決定後[編集]

  • 2000年4月29日正午から約5時間生放送されたABC開局50周年記念特番内では、過去に放送されていた番組の中でこの番組を紹介する際、ナレーション役はこのチャレンジゲームのことを「海外旅行のかかった、最後のスイッチ・オンも名物でした」と説明していた。
  • 優勝者は、ピンマイクを装着して(当初はなく、三枝が持つマイクを突き付ける)最後に海外旅行(MASマレーシア航空DC-10(後に「エアバス」)で行くマレーシアオーストラリア10日間)をかけたゲームに挑戦した(その前に旅先紹介のVTRが流れ、一時期三枝自身も紹介VTRに出演していた)。このゲームも、「姫か坊主か」の要素が取り入れられ、優勝者が赤と緑(後に赤と白)のどちらか1つのレバー(1984年頃以降はボタン)を選ぶというものであった。
」が出たら迫力あるファンファーレ[2]と共に天井から大量の紙吹雪とともに海外旅行獲得だが、「坊主」が出たらトロンボーンで間の抜けた演奏が2回続くと同時に、優勝者を馬鹿にするかの如く「姫」の笑い声が流れて失格となる。
  • 初期は上部のボックスからぶら下がってくる仕組みだったが、姫のみならず坊主の人形もぶら下がってきたため、「お互いの首吊り自殺を連想させる」と京都仏教会から抗議の手紙や電話などが寄せられ、1984年頃から地上に設置されたボックスから飛び出す仕組みに変わった。なお、天井から坊主が落ちてくるシーンとその効果音は、番宣CMのデモにも使用されていた。
  • 賞品のマレーシア・オーストラリア旅行は、個人の事情で不参加になった場合でも、代理参加や換金をすることはできなかった。
  • 合図のジングルが流れる前にフライング行為でボタンを押して姫を引き当て、海外旅行まで獲得してしまった解答者もいた。また、チャレンジゲームの最中に誤って天井から大量の紙吹雪が降るハプニングがあった(不幸中の幸い、結果は旅行獲得)。
  • 通常はレバーを引くかボタンを押せば、坊主と姫が同時に出てくる演出だったが、海外旅行獲得に成功した最終回はまず姫だけが飛び出し、目録贈呈後に三枝が坊主を飛び出させるという演出だった。
  • クイズコーナーでは一問も答えなかったが、後半の「坊主めくりゲーム」で大逆転をしてトップ賞となり、さらに海外旅行のチャレンジゲームでも「姫」を引き当て旅行を獲得した例も実際あった。

最終回[編集]

  • 1986年3月20日の放送をもって8年半の歴史に幕を降ろした。最終回は「さよなら三枝の国盗りゲーム・ゲスト大会」と題して芸能人対抗戦を行った。解答者は次の4組。
  • テーマ問題はズバリ「三枝の国盗りゲーム」で、歴代出題者とアシスタントが出演、そして「近似値問題」は「坊主めくり」にちなみ、ステージに32名のお坊さんが登場し「本物のお坊さんは何人?」の問題が出された(正解は「31名」で、1名は子供だった)。クイズの結果は緑が11点、赤が4点、白が8点、青が16点で、青が「クイズ賞」を獲得した。
  • 続く「坊主めくり」では1巡目で青が坊主を出し、赤に姫を出されて逆転、その後白も坊主を出し、最後の「佐渡島」では赤が中央を選んだ結果、見事姫を出した。最終結果は緑が13点、赤が33点、白が0点、青が1点で赤が優勝、番組を象徴する逆転勝利となった。赤はラストの海外旅行チャレンジゲームも成功し、有終の美を飾った。
  • 9年間に放送410回、出題者応募葉書342,000通、延べ1,736人。そのうち206人の海外旅行獲得者を出した。なおエンディングのスタッフテロップは、通常ならば固定表示が数秒ごとに切り替わるという演出だったが、最終回だけは画面左方向へのスクロールで表示され、「制作著作:朝日放送」の表示が出たところでスクロールが止まると同時に、三枝がバンザイをするシーンのままVTRが止まる演出だった。そしてそれからの流れで先述の9年間の軌跡をブルーバックで映し出し、最後に「長い間 ありがとうございました」のテロップで番組を締めた。

電光数字表示[編集]

使用番組[編集]

スタッフ[編集]

  • チーフプロデューサー(制作):馬場淑郎→村田弘道
  • プロデューサー:北條信之
  • ディレクター:菊池正和、森本茂樹
  • 構成:堤章三
  • 問題作成:秋田千吉、八尋瀧夫、丹波元、北浦康行、本田順一、遠藤あつ子、井上哲基
  • 制作協力:大阪東通、各務プロダクション(現・カガミ
  • 制作著作:朝日放送

ネット局[編集]

系列は放送当時のもの。

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
近畿広域圏 朝日放送 テレビ朝日系列 製作局
関東広域圏 テレビ朝日 同時ネット 1978年4月から
北海道 北海道テレビ
青森県 青森テレビ TBS系列 遅れネット 途中打ち切り
岩手県 テレビ岩手 日本テレビ系列 1980年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
宮城県 東日本放送 テレビ朝日系列 同時ネット 1978年4月から
秋田県 秋田テレビ フジテレビ系列 遅れネット
秋田放送 日本テレビ系列 一時中断あり
山形県 山形放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
1980年3月までは日本テレビ系列単独加盟局
福島県 福島中央テレビ 1981年9月まで
福島放送 テレビ朝日系列 同時ネット 1981年10月開局から
山梨県 テレビ山梨 TBS系列 遅れネット 1980年3月打ち切り
新潟県 新潟放送 1981年3月まで
新潟総合テレビ フジテレビ系列
テレビ朝日系列
1981年4月から1983年9月まで
新潟テレビ21 テレビ朝日系列 同時ネット 1983年10月開局から
長野県 テレビ信州 テレビ朝日系列
日本テレビ系列
遅れネット 1980年10月4日から1981年3月28日まで[3]
長野放送 フジテレビ系列 1984年10月4日から1986年3月27日まで[4]
静岡県 静岡けんみんテレビ テレビ朝日系列 同時ネット 現・静岡朝日テレビ、1978年7月から
1979年6月までは日本テレビ系列とのクロスネット局
富山県 富山テレビ フジテレビ系列 遅れネット 最終回の前回で打ち切り
石川県 石川テレビ
福井県 福井テレビ
中京広域圏 名古屋放送 テレビ朝日系列 同時ネット 現・名古屋テレビ、1978年4月から
島根県鳥取県 山陰中央テレビ フジテレビ系列 遅れネット 1980年 - 1981年頃のみ放送
広島県 広島ホームテレビ テレビ朝日系列 同時ネット[5] 1978年4月から
山口県 山口放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
遅れネット 1978年9月までは日本テレビ系列単独加盟局
香川県
香川県・岡山県
瀬戸内海放送 テレビ朝日系列 同時ネット 1978年4月から
1979年3月までの放送エリアは香川県のみ
1979年4月の電波相互乗り入れで岡山県でも放送
愛媛県 南海放送 日本テレビ系列 遅れネット
高知県 テレビ高知 TBS系列
福岡県 九州朝日放送 テレビ朝日系列 同時ネット 1978年4月から
長崎県 テレビ長崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
遅れネット
熊本県 テレビ熊本 フジテレビ系列
テレビ朝日系列
大分県 大分放送 TBS系列
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
鹿児島県 南日本放送 TBS系列 1982年9月まで
鹿児島放送 テレビ朝日系列 同時ネット 1982年10月開局から

脚注[編集]

  1. ^ 霊感ヤマカン第六感』や『プロポーズ大作戦』等ABC制作番組では定番のように使われているハズレ系効果音
  2. ^ かつて毎日放送で生中継されていた音楽特別番組『大阪大衆音楽祭 決定!!輝くグランプリ』でのグランプリ決定時のファンファーレをアレンジしたもの。
  3. ^ 1980年10月4日、1981年3月28日 信濃毎日新聞 テレビ欄
  4. ^ 1984年10月4日、1986年3月27日 信濃毎日新聞 テレビ欄
  5. ^ プロ野球広島東洋カープ主催試合の中継を放送した際には、夕方枠などでの遅れネットとなった。
テレビ朝日 日曜15:30枠
前番組 番組名 次番組
三枝の国盗りゲーム
(1978年4月 - 1978年9月)
テレビ朝日系列 日曜18:30枠
一休さん 再放送
三枝の国盗りゲーム
(1978年10月 - 1979年3月)
末廣演芸会
(1979年4月8日 - 1979年10月28日)
※土曜17:00枠から移動・縮小
テレビ朝日系列 木曜19:30枠
走れ! ピンク・レディー
(1978年10月5日 - 1979年3月29日)
三枝の国盗りゲーム
(1979年4月 - 1986年3月20日)
さんまのゴメンねわがままで
(1986年4月 - 1986年9月)