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三条実香

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三条 実香
時代 室町時代後期 - 戦国時代
生誕 文明元年(1469年
死没 永禄2年2月25日1559年4月2日
改名 実香→諦空(法名)
別名 号:後浄土寺
官位 従一位太政大臣
主君 後土御門天皇後柏原天皇後奈良天皇
氏族 三条家
父母 父:三条公敦、母:不詳
公頼香子
花押 三条実香の花押
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三条 実香(さんじょう さねよし/さねか、文明元年〈1469年〉 - 永禄2年2月25日1559年4月2日〉)は、室町時代後期から戦国時代にかけての公卿右大臣三条公敦の子。官位従一位太政大臣三条家15代。

経歴

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文明13年(1481年叙爵侍従左近衛中将を経て、長享元年(1487年従三位に叙せられ、公卿に列する。

以降、永正4年(1507年内大臣、永正10年(1513年左近衛大将、永正12年(1515年従一位右大臣天文4年(1535年)に太政大臣と昇進を重ねる。

天文6年(1537年出家諦空と名乗る。永禄2年(1559年)薨去。91歳と長命を保ち、その長寿は藤原実資になぞらえられた[1][2]

官歴

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公卿補任』による

系譜

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脚注

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  1. 言継卿記』永禄2年2月25日条
  2. 続史愚抄』永禄元年2月25日条

関連項目

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