三崎和雄

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三崎 和雄
基本情報
本名 三崎 和雄
通称 GRABAKAのヒットマン
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1976-04-25) 1976年4月25日(42歳)
出身地 千葉県小見川町(現香取市
所属 GRABAKA
→フリーランス
→HALEO TOP TEAM
→KATORI DOJO
身長 178cm
体重 83kg
階級 ミドル級
ウェルター級
バックボーン 柔道キックボクシング
テーマ曲 INTRODUCTION 010
(THE MAD CAPSULE MARKETS)
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三崎 和雄(みさき かずお、1976年4月25日 - )は、日本男性総合格闘家千葉県小見川町(現香取市)出身。KATORI DOJO主宰。柔道三段。ブラジリアン柔術黒帯[1]PRIDEウェルター級グランプリ2006王者。東京学館高等学校卒業。

柔道をバックボーンとし、身体の中心線を軸にして体位を入れ替える独特のフットワークから繰り出される回転の速い打撃と菊田早苗仕込の寝技、折れない精神で闘うファイター。ニックネームは「GRABAKAのヒットマン」。

来歴[編集]

中学、高校と柔道を学び、高校卒業後、総合格闘家を目指し香取道場にてキックボクシングを習う。その後菊田早苗と出会い、菊田の率いる「GRABAKA」に入団した。

2000年11月26日、茨城県土浦市で開催された全日本異種格闘技選手権の75kg以下の部に出場、決勝で石田光洋に勝利し、優勝を果たした。

2001年5月5日、ネオブラッド・トーナメント予選でパンクラスデビュー。第2回タイタンファイト3位の芹沢健一に判定勝ち。7月29日の本戦では1回戦で佐藤光留にチョークスリーパーで一本勝ちすると、そのまま準決勝の梁正基戦、決勝の長岡弘樹戦と勝ち上がり優勝を果たした。10月30日、「東京・横浜対抗戦」と銘打たれ行われたismとの5対5の対抗戦では先鋒出場。経験に勝る冨宅飛駈と対戦し、開始8秒右ストレートでKO勝ち。

2002年3月25日、パンクラスでネイサン・マーコートと対戦。試合開始直後にスープレックスで投げられた際、左肘を脱臼してしまい、ドクターストップでTKO負け。

PRIDE[編集]

2004年5月23日、PRIDE初参戦となったPRIDE 武士道 -其の参-ジョルジ・パチーユ・マカコと対戦し、判定勝ち。

2005年7月17日、PRIDE 武士道 -其の八-ダニエル・アカーシオと対戦し、判定負け。同年開催のウェルター級グランプリ出場を逃した。

2006年4月2日、PRIDE 武士道 -其の拾-でウェルター級(-83kg)王者ダン・ヘンダーソンとノンタイトル戦で対戦し、判定負け。

2006年6月4日、PRIDE 武士道 -其の十一-のウェルター級グランプリ1回戦でフィル・バローニと対戦。打撃戦を制し、判定勝ち。8月26日、PRIDE 武士道 -其の十二-の2回戦でダン・ヘンダーソンと再戦。王者相手に攻め続け、日本人として初めてヘンダーソンに勝利した。

2006年11月5日、PRIDE 武士道 -其の十三-の準決勝でパウロ・フィリオと対戦するも、テイクダウンからマウントポジションをとられ、脱出できずに1R終了間際に腕ひしぎ十字固めで一本負けを喫した。この試合で右肘の靭帯を痛めた。しかし、フィリオが三崎との試合で負った膝靭帯損傷のため決勝を棄権し、三崎が決勝でデニス・カーンと対戦し、2-1で判定勝ちを収め優勝を果たした。

2007年2月24日、PRIDE.33フランク・トリッグと対戦し、再三テイクダウンを奪われ、判定負けを喫した。

2007年12月31日、やれんのか! 大晦日! 2007秋山成勲と対戦し、サッカーボールキックでKO勝ち。反則だったため後日ノーコンテストへ裁定が変更された。

SRC[編集]

2008年3月5日、戦極旗揚げ戦戦極 〜第一陣〜修斗世界ライトヘビー級(-83kg)王者シアー・バハドゥルザダと対戦し、フロントチョークで一本勝ち。

2008年6月8日、戦極 〜第三陣〜ローガン・クラークと対戦し、判定勝ち。

2008年9月20日、初参戦となったStrikeforceジョー・リッグスと対戦。2Rに左ストレートでダウンするも、直後に右ストレートでダウンさせパウンドでTKO勝ち[2]

2009年1月4日、戦極の乱2009の戦極ミドル級(-83kg)チャンピオンシップでジョルジ・サンチアゴと対戦し、チョークスリーパーで一本負けを喫し王座獲得に失敗した。

2009年3月19日、乗用車で走行中に携帯電話を使用しているところを警察官に見つかり、停止を求められたが無視して逃走した。5月になって公務執行妨害で逮捕され、6月4日の起訴後に保釈された。6月25日に東京地裁で、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けた[3]

2009年8月2日、戦極 〜第九陣〜中村和裕と対戦し、フロントチョークで一本勝ちを収めた。この試合は戦極ミドル級チャンピオンシップ挑戦者決定戦として当初発表されていたが、有罪判決を受けたことで8月3日以降の無期限出場停止および当試合のファイトマネーを全額没収という処分が下されたため[4]、勝利を収めたものの王座挑戦権は与えられなかった。

2009年11月8日付けでGRABAKAから独立した[5]

2009年12月11日付けでSRC(戦極)から受けていた無期限出場停止処分が解除された[6]

2009年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜のDREAM vs SRC 対抗戦でメルヴィン・マヌーフと対戦し、左フックでダウンしたところでTKO負け。試合後、ストップが早いとしてレフェリーに対してリング上で抗議し、さらに正式な抗議を申し立てた。

2010年8月22日、SRC14のSRCミドル級チャンピオンシップでジョルジ・サンチアゴと再戦し、5R残り30秒というところでパウンドによるタオル投入によりTKO負けを喫し王座獲得に失敗した[7]

2010年12月30日、戦極 Soul of Fightでマイク・シールと対戦し、バックマウントパンチによるTKO勝ちを収めた[8]

2011年4月22日、5年ぶりの参戦となったDEEPで引退する小路晃と再戦し、パウンドでTKO勝ちを収めた。

2012年3月3日、4年ぶりのStrikeforce参戦及びウェルター級転向初戦となったStrikeforce: Tate vs. Rouseyポール・デイリーと対戦。3Rにはデイリーの肘で額を深くカットし、大流血に陥るも2-1の判定勝ちを収めた[9]

2012年10月19日、DEEP 60 IMPACTで体力の限界を理由に引退を表明[10]。12月22日のDEEP HALEO IMPACTで引退セレモニーを行なった。

人物・エピソード[編集]

  • 妥協を許さない性格で、日本人であるということに誇りを持っており、一般的に84kg級で日本人が弱いと思われていることに対するアンチテーゼとして試合で勝った時は「日本人は強いんです」という決め台詞がある。ダン・ヘンダーソンフィル・バローニ秋山成勲などに勝利した時この決め台詞を使っている。秋山戦での発言について、韓国内から、韓国系日本人の秋山への当てこすりという批判が起きた。このことについて三崎は、雑誌上のインタビューで、差別的な意図はなかったが、状況的に誤解を招く部分は確かにあったかもしれず、それは本当に謝罪したいと思う、と述べた[11]
  • 格闘技を始めた理由は「最強のファイターになるため」だという。究極、そして極限の闘いとは「殺し合い」であると言い、「夢中になっていること(試合)で死ねたら本望」と発言している。
  • 趣味はサーフィン

戦績[編集]

総合格闘技 戦績
39 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
25 6 9 10 0 2 1
11 3 2 6 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
ポール・デイリー 5分3R終了 判定2-1 Strikeforce: Tate vs. Rousey 2012年3月3日
小路晃 2R 1:13 TKO(パウンド) DEEP 53 IMPACT 〜小路晃引退興行〜 2011年4月22日
マイク・シール 1R 1:15 TKO(パウンド) 戦極 Soul of Fight 2010年12月30日
× ジョルジ・サンチアゴ 5R 4:31 TKO(タオル投入) SRC14
【SRCミドル級チャンピオンシップ】
2010年8月22日
× メルヴィン・マヌーフ 1R 1:49 TKO(左フック) Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜 2009年12月31日
中村和裕 1R 3:03 フロントチョーク 戦極 〜第九陣〜
【戦極ミドル級チャンピオンシップ挑戦者決定戦】
2009年8月2日
× ジョルジ・サンチアゴ 5R 3:26 チョークスリーパー 戦極の乱2009
【戦極ミドル級チャンピオンシップ】
2009年1月4日
ジョー・リッグス 2R 2:29 TKO(右ストレート→パウンド) Strikeforce: At The Mansion 2 2008年9月20日
ローガン・クラーク 5分3R終了 判定3-0 戦極 〜第三陣〜 2008年6月8日
シアー・バハドゥルザダ 2R 2:02 フロントチョーク 戦極 〜第一陣〜 2008年3月5日
秋山成勲 1R 8:12 無効試合(反則) やれんのか! 大晦日! 2007 2007年12月31日
× フランク・トリッグ 5分3R終了 判定0-3 PRIDE.33 "THE SECOND COMING" 2007年2月25日
デニス・カーン 2R(10分/5分)終了 判定2-1 PRIDE 武士道 -其の十三-
【ウェルター級グランプリ 決勝】
2006年11月5日
× パウロ・フィリオ 1R 9:43 腕ひしぎ十字固め PRIDE 武士道 -其の十三-
【ウェルター級グランプリ 準決勝】
2006年11月5日
ダン・ヘンダーソン 2R(10分/5分)終了 判定3-0 PRIDE 武士道 -其の十二-
【ウェルター級グランプリ 2回戦】
2006年8月26日
フィル・バローニ 2R(10分/5分)終了 判定3-0 PRIDE 武士道 -其の十一-
【ウェルター級グランプリ 1回戦】
2006年6月4日
× ダン・ヘンダーソン 2R(10分/5分)終了 判定0-3 PRIDE 武士道 -其の拾- 2006年4月2日
小路晃 1R 2:32 フロントチョーク DEEP 23 IMPACT 2006年2月5日
× ダニエル・アカーシオ 2R(10分/5分)終了 判定0-3 PRIDE 武士道 -其の八- 2005年7月17日
フラービオ・モウラ 2R 2:13 変形チョークスリーパー PANCRASE 2005 SPIRAL TOUR 2005年3月6日
× ネイサン・マーコート 5分3R終了 判定0-3 PANCRASE 2004 BRAVE TOUR
【ミドル級キング・オブ・パンクラス決定戦】
2004年11月7日
エド・ハーマン 2R 3:31 肩固め PANCRASE 2004 BRAVE TOUR 2004年7月25日
ジョルジ・パチーユ・マカコ 2R(10分/5分)終了 判定3-0 PRIDE 武士道 -其の参- 2004年5月23日
國奥麒樹真 2R 1:31 TKO(ドクターストップ) PANCRASE 2004 BRAVE TOUR 2004年2月6日
ジェイク・シールズ 5分3R終了 判定1-0 PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年11月30日
× ヒカルド・アルメイダ 5分3R終了 判定0-2 PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年8月31日
久松勇二 3R 2:34 チョークスリーパー PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年5月18日
久松勇二 5分2R終了 判定0-0 PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年3月8日
ジョー・ダース 2R 4:51 TKO(パウンド) PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年1月26日
小島正也 1R 4:40 腕ひしぎ十字固め PANCRASE 2002 SPIRIT TOUR 2002年11月30日
窪田幸生 5分3R終了 判定3-0 PANCRASE 2002 SPIRIT TOUR 2002年9月29日
× ネイサン・マーコート 1R 0:29 TKO(ドクターストップ) PANCRASE 2002 SPIRIT TOUR 2002年3月25日
上山龍紀 5分3R終了 判定3-0 PANCRASE 2002 SPIRIT TOUR 2002年2月17日
× クリス・ライトル 5分3R終了 判定0-3 PANCRASE 2001 PROOF TOUR 2001年12月1日
冨宅飛駈 1R 0:08 KO(右ストレート) PANCRASE 2001 PROOF TOUR 2001年10月30日
長岡弘樹 2R 1:21 フロントチョーク PANCRASE 2001 PROOF TOUR
【ネオブラッド・トーナメント 決勝】
2001年7月29日
梁正基 5分2R+延長5分終了 判定2-1 PANCRASE 2001 PROOF TOUR
【ネオブラッド・トーナメント 準決勝】
2001年7月29日
佐藤光留 1R 4:08 チョークスリーパー PANCRASE 2001 PROOF TOUR
【ネオブラッド・トーナメント 1回戦】
2001年7月29日
芹沢健一 5分3R終了 判定3-0 PANCRASE 2001 PROOF TOUR
【ネオブラッド・トーナメント 予選】
2001年5月5日

獲得タイトル[編集]

  • 第1回全日本異種格闘技選手権 75kg級 優勝(2000年)
  • パンクラス 第7回ネオブラッド・トーナメント 優勝(2001年)
  • PRIDEウェルター級グランプリ2006 優勝(2006年)

表彰[編集]

  • SHERDOG ファイト・オブ・ザ・イヤー(2010年)

脚注[編集]

  1. ^ 関東地区 加盟団体一覧 日本ブラジリアン柔術連盟公式サイト
  2. ^ 三崎&石田がストライクフォース参戦、揃って快勝! MMAPLANET 2008年9月21日
  3. ^ 三崎、公務執行妨害容疑で逮捕。会見で謝罪 BoutReview 2009年6月26日
  4. ^ 三崎、中村戦の翌日から無期限出場停止処分 BoutReview 2009年7月2日
  5. ^ 【総合格闘技】三崎和雄がGRABAKAから独立!「ゼロからスタートする」 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年11月8日
  6. ^ 三崎和雄選手の処分解除に関するお知らせ SRC 公式サイト 2009年12月11日
  7. ^ 【SRC戦極】三崎和雄、激闘の末に王者サンチアゴに敗れる…郷野もまさかの敗北 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年8月22日
  8. ^ 【SRC戦極】12・30日沖発がフェザー級王座獲得!交流戦はSRCが勝利 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年12月30日
  9. ^ 三崎和雄が壮絶な打撃戦制し判定勝ち スポニチ 2012年3月5日
  10. ^ 三崎和雄が引退表明。12.22 後楽園で引退セレモニー バウトレビュー 2012年10月20日
  11. ^ 『kamipro Special 2008 SPRING』エンターブレイン、2008年1月11日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前優勝者
ダン・ヘンダーソン
PRIDE GP 2006ウェルター級トーナメント優勝
2006年11月5日
次優勝者
N/A