三宅雪子

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日本の旗 日本の政治家
三宅 雪子
みやけ ゆきこ
生年月日 1965年3月5日(49歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 コロンビア特別区
ワシントン市
出身校 共立女子大学卒業
前職 フジテレビジョン従業員
所属政党 民主党→)
国民の生活が第一→)
日本未来の党→)
生活の党
称号 学士(共立女子大学)
親族 石田博英祖父
公式サイト 生活の党 参議院比例区第7総支部長:三宅雪子(みやけゆきこ)オフィシャルWebサイト[註釈 1]

選挙区 比例北関東ブロック群馬4区
当選回数 1回
任期 2009年 - 2012年11月16日[註釈 2]
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三宅 雪子(みやけ ゆきこ、1965年昭和40年)3月5日 - )は、日本政治家生活の党所属の元衆議院議員(1期)、国民の生活が第一選挙対策委員会副委員長、民主党国際局副局長などを歴任した。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

外交官の父の赴任先であるアメリカ合衆国ワシントンD.C.にて出生。日本国籍を選択。既婚[1]桐朋女子高等学校玉川学園女子短期大学共立女子大学卒業。命名の由来は、誕生時にがふっていたことによる[1]

フジテレビジョンにて[編集]

1988年(昭和63年)に、フジテレビジョンに入社した。営業局、報道局、国際局、CSR推進室に勤務。報道局では経済部記者として為替と株式を担当した。フジテレビ社員の男性と結婚した。なお、報道局時代の上司には、のちに公明党所属の参議院議員となる澤雄二がいた。

政治家として[編集]

2009年(平成21年)7月27日に、父と関係が深く三宅自身も報道局時代に取材経験のあった民主党代表代行(当時)の小沢一郎から出馬要請を受け、フジテレビを休職第45回衆議院議員総選挙首相(当時)の福田康夫が地盤とする群馬4区からの立候補を表明した[2]。群馬4区は、三宅の祖父・石田博英秘書を務めた中島政希も立候補を希望していたが、三宅の見識と知名度を勘案した民主党執行部の裁定により、三宅が公認候補となった[3]。前回の第44回衆議院議員総選挙で次点の民主党公認候補に約6万2千票差で圧勝した福田の得票数103,852票(得票率51.9%)に、得票数91,904票(得票率45.9%%)で約1万2千票及ばず落選した。その後、惜敗率88.4%で重複立候補していた比例北関東ブロックより復活当選した[4]小沢ガールズと報道される。

2012年(平成24年)1月22日に、 自身のツイッターで民主党の電気料金値下げ隊副隊長に就任したことを公表[5]

同年6月の衆議院の消費税増税法案に反対。7月2日に民主党に離党届を提出したが、受理されずに9日に除名処分が確定[6]。11日に国民の生活が第一の結党に参加した[7]。国民の生活が第一では選挙対策委員会の副委員長に就任する。

選挙で落選[編集]

同年11月16日、第46回衆議院議員総選挙において、群馬県第4区から、当時の内閣総理大臣である、野田佳彦が地盤(船橋市)とする、千葉県第4区への国替えが発表され[8]、三宅は「(群馬)4区の皆様には申し訳ないが、首相と戦えという命を受けた」[9]とコメントした。12月16日第46回衆議院議員総選挙においては、得票数28,187票(得票率9.9%)で、当選した野田の得票数163,334票(得票率57.3%)に13万5千票差をつけられ、比例復活当選もならず落選した(惜敗率9.9%。供託金没収)。

2013年(平成25年)7月、第23回参議院議員通常選挙生活の党公認候補として参議院比例区から出馬したが、落選した。

人物・政治理念[編集]

逸話[編集]

  • 2009年
    • 8月2日、高崎まつりに出向いた際、政権交代について尋ねるアンケートボードを手に、高崎市内を浴衣姿で練り回った。たまたま福田康夫が通りかかったので、福田にもアンケートに答えるように声を掛けた。すると福田は、少し躊躇したあと、政権交代に「ノー」の方にシールを貼ったという。なお、結果は「イエス」が11、「ノー」が福田を入れて4だった[12]
    • 9月16日、国会議事堂に一番乗りで入場するため午前2時47分から正門前に並び、「国会に対する意気込みを有権者に見せたかった」と述べた。コンビニで買ったサンドイッチを食べるなどして開門まで5時間待ち、午前8時に正門が開くと一番乗りしたが、衆院事務局によると別の入り口から入っていた馳浩が先に登院の受付を済ませていたという[13]
  • 2010年
  • 5月12日、衆議院内閣委員会において採決が行われようとする中、与野党議員のもみあいとなり、委員長席付近で転倒した。この件について、民主党は甘利明に突き飛ばされたことが原因であるとして、甘利に謝罪を求めた[14]。しかし馳浩によって三宅が「自分で転んだ」と国会のエレベーター内で発言していたことが伝えられ、またその場に居合わせた日本共産党宮本岳志も馳の言っていることはほぼ事実だと追認したが[15]、三宅は馳の勘違いだろうと主張した[16]
  • 11月2日未明、東京都港区白金2丁目の自宅マンション4階通路で、落とした携帯電話を拾った際に転落し、腰の骨を折る全治1カ月の重傷を負った[17]。「落下中、2歳の時にハワイでホテルの4階から落ちたことがフラッシュバックしたが、たぶん私は死なないと思った」と話しているという[18]。11月30日には衆院本会議に出席し、同日夜に自身の政治資金パーティで「神様から『死んではいけない』と言われたと感じた。私の命は国民のもの。しっかり仕事をします。」と語った[19]。12月5日に退院し、再開したブログで反省の弁を述べている[20]
  • 2011年
    • 6月2日の内閣不信任決議案の採決を棄権したことで、民主党内での処分対象となったが、同月13日の党役員会では、医師の診断書の提出を理由に処分見送りとされた。

主な所属していた団体・議員連盟[編集]

家族・親族[編集]

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石田博英
 
 
 
祖母
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三宅和助
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三宅雪子
 

脚注[編集]

註釈[編集]

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  1. ^ 原文ママ。
  2. ^ 衆議院解散による。

出典[編集]

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  1. ^ 群馬県ホームページ 平成21年8月30日執行衆議院小選挙区選出議員選挙開票結果
  2. ^ 民主、群馬4区にフジテレビ女性社員 福田前首相の地元asahi.com 2009年7月27日
  3. ^ “小沢采配”功奏す 八ッ場ダム中止派が当選週刊金曜日 2009年9月4日
  4. ^ 開票速報(比例代表)NNN総選挙特番 ZERO×選挙2009 2009年8月31日
  5. ^ 1月21日 Keitai Webから
  6. ^ 鳩山元首相、党員資格停止3カ月に短縮 小沢元代表ら37人除籍処分は原案通り 民主党臨時常任幹事会 - 産経ニュース 2012年7月9日
  7. ^ 新党の参加議員 - 時事ドットコム 2012年7月11日
  8. ^ 【衆院選】三宅雪子氏が首相地元へ国替え 生活が1次公認発表 - MSN産経ニュース 産経ニュース、2012年11月16日
  9. ^ 三宅雪子氏、涙浮かべ「首相と戦えと命受けた」 読売新聞、2012年11月16日
  10. ^ 生活の党 三宅雪子
  11. ^ 大企業株・白金マンション・・・小沢ガールズ、資産家の顔も 朝日新聞(電子版) 2010年2月8日
  12. ^ 週刊文春』2009年8月27日号 - 上杉隆 「元総理、大物たちの「ドブ板」実況中継」
  13. ^ 【新政権発足】小沢ガールズ・三宅雪子氏が国会議事堂前一番乗り 午前3時前に到着 産経ニュース 2009年9月16日
  14. ^ 「三宅議員ケガ 民主党、甘利氏に懲罰動議」日テレNEWS24
  15. ^ 青少年特の視察で横浜へ、自民・馳浩議員のブログの波紋が私に…2010年12月6日閲覧
  16. ^ “おやすみなさい 最後のご説明”. http://yukiko-miyake.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-b36c.html 
  17. ^ 三宅雪子衆院議員、4階ベランダから転落…重傷 YOMIURI ONLINE 2010年11月2日
  18. ^ 三宅氏「落下中、死なないと思った」nikkansports.com 2010年11月4日
  19. ^ 三宅雪子衆院議員が復帰 「神様から『死んではいけない』と言われた…」!? 産経ニュース 2010年11月30日
  20. ^ 転落の民主・三宅議員がブログ再開「お詫びと反省から」産経ニュース 2010年12月8日
  21. ^ 超党派「主権議連」発足 原口前総務相ら 尖閣領有を強調 政界再編への布石か? 産経ニュース 2010年10月1日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]