三好胖

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三好胖
時代 江戸時代末期(幕末
生誕 嘉永5年(1852年
死没 明治元年10月24日1868年12月7日
別名 小笠原胖之助(本名)、裕
肥前国唐津藩
氏族 小笠原氏
父母 父:小笠原長泰
兄弟 義兄:長行生駒親道正室、
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三好 胖(みよし ゆたか)は、幕末期の江戸幕府老中小笠原長行の義弟で、新選組隊士。差図役。

生涯[編集]

10歳の時に父長泰が没した為、長行に養育された。慶応4年(1868年)5月15日、上野山に彰義隊に唐津藩士9名とともに合流し戦ったが敗北。幕府大学頭林家に身を隠し、8月20日、榎本武揚艦隊の「長鯨」に乗船し江戸を脱出し、会津若松に向かった。ほかの唐津藩士とともに猪苗代口を防衛するが敗れ、友軍は敗走を重ね若松城は落城。奥羽越列藩同盟が崩壊し、旧幕府軍は仙台に到着した榎本艦隊と合流。義兄の長行は榎本に同意して蝦夷地渡航を決意したため、胖も土方歳三率いる新選組に入隊して同行した。

箱館戦争初期の戦い(峠下の戦い)にて唐津藩士10名とともに戦死。享年17。

参考文献[編集]

  • 神田たけ志『歳三〜新撰組箱館戦記〜』小池書店、2009年