三四六

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さんしろう
まつやま さんしろう

三四六
松山 三四六
本名 秦 光秀(はた みつひで)
生年月日 (1970-07-09) 1970年7月9日(48歳)
出身地 東京都
身長 167cm
職業 ものまねタレント
ラジオパーソナリティ
歌手
客員教授
活動期間 1992年 -
配偶者 網浜直子
(1998年 - )
事務所 JVCエンタテインメント

松山 三四六(まつやま さんしろう、1970年7月9日 - )は、日本のものまねタレントリポーターラジオパーソナリティ長野大学社会福祉学部客員准教授JVCエンタテインメント所属。ものまねタレントとしては、三四六として出演している。

本名は、秦 光秀(はた みつひで)。旧芸名は、松山 三四郎(まつやま さんしろう)、三四郎東京都生まれ。長野県出身ではない。明治大学法学部卒業。妻は女優の網浜直子

来歴・人物[編集]

小学生の頃から柔道だけでなく、相撲もやっていて小学校4年から6年までわんぱく相撲東京場所[1]で三連覇をしている(のちの第66代横綱若乃花勝(現:花田虎上)とも対戦して勝利している)。ちなみに花田とは明治大学付属中野高等学校時代の同級生でもある[2]

明大中野中学入学と共に再び柔道の道に戻り、第16回全国中学校柔道大会78kg以下級で優勝(決勝の相手は後の世界チャンピオンの中村佳央)。その強さは吉田秀彦(現:パーク24監督、バルセロナオリンピック男子78kg級金メダル)をして「半端ないものだった」と言わしめるものだった[2]。その後、明治大学へ進学し、小川直也や吉田秀彦を輩出した明治大学柔道部で鍛錬を重ねるが、19歳の時に二度の膝半月板損傷の故障を発症、それが原因で柔道を挫折してしまう[2]

明治大学在学中の1994年日本テレビの「史上最強ものまねバトル大賞」の素人選手権で優勝し、吉本興業所属で芸能界デビュー。同年に「オールナイトニッポン」のパーソナリティをつとめ、同時にラジオパーソナリティとしてもデビューするが、ブレイクするのは1998年。同年4月にスタートしたTOKYO FMの「エモーショナルビート」のパーソナリティを任され人気番組に押し上げたのである。

2000年9月に番組が終了すると活躍の場を長野県に求め、2001年4月からスタートしたFM長野の「346 GROOVE FRIDAY」のメインパーソナリティを務め、以来活動の主軸を長野県において芸能活動をしている。もちろん東京での活動も続けていて2002年4月から2003年9月まではTOKYO FMで初の全国ネットのラジオレギュラー番組、「J-PHONE BLUESKY PROJECT」を担当した。現在では スカイパーフェクTV!のチャンネルでも活躍している。

芸名の三四六は柔道の姿三四郎にちなむとされており、現在の所属事務所移籍時に松山三四郎から改名している。ちなみにこの松山は松山千春から千春の物真似の実力を認められ直々に命名されたものだった。

1998年に「ものまねバトル大賞」で共演した女優の網浜直子と結婚し、2子がいる。また、長野県限定ながら歌手デビューを果たし、執筆活動やコンサートツアーも行っている。

松山千春のON THE RADIO(FM NACK5)では2008年7月6日、7月13日の2回、同年6月25日に不安定狭心症で倒れた松山千春の代役を務めた。2009年4月から2010年4月まで、文化放送でレギュラーラジオ番組「三四六・吉井歌奈子 TOKYO CHEERS」を担当した。

2012年4月よりFM NACK5で松山三四六 NUTS5(2017年4月より松山三四六 Nuts23に、2018年7月より松山三四六 NUTS BARに改名・番組改編)のパーソナリティとして出演中である。

また世界柔道選手権大会フジテレビ)を始め、国内外の大会中継で試合解説やリポーターを務めたり、長野県柔道連盟主催の『長野県少年少女柔道教室』の講師を務めるなど[3]、今も柔道への関わりも強い。

長野県での活躍[編集]

  • FM長野の番組「346 GROOVE FRIDAY」が開始され、2006年4月1日長野朝日放送(abn)で放送中のローカルワイド番組「ザ・駅前テレビ」MCを務めるなど、本格的な長野県内テレビデビューを果たす。
  • 2007年12月8日放送の「ザ・駅前テレビ」の企画「三四六教授が行く! ~初冬の塩田平で教鞭をとるのだ!~」における長野大学での講義及び実習がきっかけで、2008年5月1日に同学の社会福祉学部客員准教授に就任した[4]
  • FM長野の番組で「税金は誰しもが払う義務があります。例え身体の具合が悪い人も通院や薬を控えても払わなきゃいけないのです。」と言っていた。
  • 上記番組以外では『346 Bar』(信越放送)にも出演していた。長野県のテレビ局やFMラジオ局を中心とし、現在でも多方面で活躍中。
  • また「信州ラーメン博」や「ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)」の開幕試合等々の総合司会などイベントなどでも活躍。「BCリーグ」に参戦中の地元長野県を拠点とする「信濃グランセローズ」に対してはその公式応援歌「戦場のカモシカ」を提供するなど、応援団長という肩書きの元に親密な関係も構築している。

インターネットでの活躍[編集]

  • 株式会社カレッジリーグの運営する大学生向けSNSサイト「e-college」で、毎年春の新入生入学シーズンに『キャンパスハッピーライフの伝道師』として、期間限定でインターネット動画に登場し、自身の大学時代(柔道部在籍)を語っている。
  • 「346 GROOVE FRIDAY」にリンクした三四六の公式ブログ、「三四六語録」も展開していたが、諸般の事情により、一時休止していた。その後、ヤプログ!からダイヤモンドブログに移転、2009年4月16日より更新を再開した。

出演[編集]

ラジオ[編集]

テレビ[編集]

映画[編集]

CM[編集]

作品[編集]

CD[編集]

シングル[編集]

  • 泣きなよ (1999年6月)
  • STREET AGER (2002年9月)
  • 今が輝かないのなら (2004年6月)

アルバム[編集]

  • さいおうがうま (2005年7月)
  • じりきほんがん (2006年7月)
  • さいおうがうま 黒盤 (2007年4月)
  • クマンバチとモンシロチョウ (2007年7月)
  • 歌力発電 (2009年9月)
  • 三四六 LIVE (2011年6月)
  • うたから (2011年11月)
  • 三四六 LIVE II (2013年5月)
  • 北風と太陽 (2013年9月)
  • いきるうた (2016年4月)
  • うたたね (2017年4月)

ベストアルバム[編集]

  • 三四六音選 (2008年6月)
  • 三四六音選II (2014年11月)

ミニアルバム[編集]

  • 手の中のキャンディ(2018年6月)

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「消えた天才~一流アスリートが勝てなかった人大追跡」の放送上では「全国大会」とされたが、同大会は東京都の小学生のみで行われたため実際には全国大会ではない(わんぱく相撲全国大会は1985年に開始)。ただしわんぱく横綱の称号は贈られている
  2. ^ a b c “若乃花と吉田秀彦が勝てなかった相撲と柔道の天才がタレントで成功! 妻は女優・網浜直子” (日本語). スポーツ報知. 報知新聞社. (2018年1月3日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20180103-OHT1T50164.html 2017年1月4日閲覧。 
  3. ^ “長野県少年少女柔道教室” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 長野県柔道連盟, (2016年6月1日), http://judo-nagano.net/wp-content/uploads/2016/06/333e4c863cac957a3a19137fdb54c148.pdf 2018年1月4日閲覧。 
  4. ^ ニュース&トピックス”. 長野大学. 2008年12月4日閲覧。
  5. ^ 本名での出演。
  6. ^ ダ・ヴィンチニュース 村上春樹『騎士団長殺し』の売上を超えた「ご当地小説」とは? 実在の高校をモデルに女子高生がワイン造りに挑む!”. KADOKAWA (2017年3月30日). 2017年12月3日閲覧。

外部リンク[編集]