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三井物産横浜ビル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
KN日本大通ビル
(旧・三井物産横浜ビル)
情報
旧名称 横浜三井物産ビル[1]
建築主 三井物産
構造形式 鉄筋コンクリート
階数 地上4階、地下1階
竣工 1911年 8月
改築 1927年
所在地 231-0021
神奈川県横浜市中区日本大通14
座標 北緯35度26分45.21秒 東経139度38分32.28秒 / 北緯35.4458917度 東経139.6423000度 / 35.4458917; 139.6423000 (KN日本大通ビル
(旧・三井物産横浜ビル)
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座標: 北緯35度26分45.21秒 東経139度38分32.28秒 / 北緯35.4458917度 東経139.6423000度 / 35.4458917; 139.6423000 (KN日本大通ビル
(旧・三井物産横浜ビル)
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三井物産横浜ビル(みついぶっさんよこはまビル)[2]は、神奈川県横浜市中区にある近代建築物である。1911年に三井物産横浜支店の事務所棟として竣工した。2026年現在の名称は「KN日本大通ビル」。

建築

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1911年(明治44年)竣工、1927年(昭和2年)に増築。設計は日本人初の独立設計事務所山下町に構えたといわれる遠藤於菟。また、創建時にはコンクリート建築の専門家であった酒井祐之助がかかわっている。同ビルは日本の初期のモダニズム建築であり、日本で最初の鉄筋コンクリート造事務所ビルである[3][4]関東大震災で横浜の建物群が壊滅的な打撃を受けた際にも、当建物は倒壊を免れ、鉄筋コンクリート造の地震に対する有効性を印象付けた。

旧三井物産横浜支店倉庫

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三井物産横浜支店事務所棟(三井物産横浜ビル)の左手、東隣には、1910年(明治43年)竣工の三井物産横浜支店の生糸倉庫があった。三井物産横浜ビルとともに震災を免れ2015年平成27年)まで残存していたが同年取り壊された。解体予定が公表された際には保存を求める意見が多く寄せられた[5][6][7]

  • 1909年(明治42年)11月起工、1910年(明治43年)7月落成
  • 地下1階地上3階建て、建坪約180坪、屋根、柱は鉄筋コンクリート造り、壁は煉瓦造り、床は木製[8]
  • 解体工事中に、所有者と交渉の結果、解体部材の一部は横浜市教育委員会が寄附を受け、2025年(令和7年)12月25日、日本の鉄筋コンクリート造建築導入初期の様相を伝える実物資料として極めて貴重であるとして、部材5点(地階部および1階部の柱切断片1個、1階上部の柱および2階部の柱切断片1個、 屋根スラブの断片1個、床梁1組、床大引1本)が横浜市指定文化財として指定された。[9]

脚注・出典

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  1. 銘板による
  2. 「KN日本大通りビル(旧三井物産横浜ビル)および旧三井物産横浜支店倉庫の保存活用に関する要望書」一般社団法人日本建築学会関東支部 2014年7月28日に記載の名称による
  3. KN日本大通りビル(旧三井物産横浜ビル)及び旧三井物産横浜支店倉庫についての見解 一般社団法人日本建築学会関東支部 歴史意匠専門研究委員会
  4. 横浜シティガイド協会『ハマの建物探検』(2002年、神奈川新聞社)p.46。
  5. 生糸貿易“生き証人”「日東倉庫」取り壊ししか道はないのか…文化財指定求める声も、所有企業「NO」 産経ニュース 2014.10.25
  6. 日本大通・旧三井物産横浜支店倉庫の保存を考えるシンポー5日夜、開港記念会館で開催 2014年8月4日 横浜経済新聞
  7. 旧三井物産横浜支店倉庫 解体 正式に着手 保存の声届かず 神奈川新聞 2014.11.06 03 
  8. 社団法人神奈川県建築士会「神奈川県建築士史図説」(1962)
  9. 「令和7年度新たな横浜市指定文化財を指定します」(横浜市教育委員会事務局生涯学習文化財課、(公財)横浜市ふるさと歴史財団、2025年12月25日)

外部リンク

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