三井山野炭鉱

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三井山野炭鉱(みついやまのたんこう)とは、福岡県嘉穂郡稲築町(現在は合併して嘉麻市)に存在した炭鉱のこと。筑豊炭田三井財閥系の主力鉱であった。1898年開山、閉山は1973年

山野炭鉱ガス爆発事故[編集]

  • 1965年6月1日正午頃、発破作業中にメタンガスの突出事故が発生。30分後、坑内に充満したガスに何らかの火が引火、爆発が発生。死者237名を出す大事故となった。
  • 一酸化炭素中毒患者は37名と、事故の2年前に発生した三井三池三川炭鉱炭じん爆発の839名と比べ著しく少なかったことから、故意に救出を遅らせ(死者に比べてその後の治療などの)補償が高額となる中毒患者数を減らそうとしたのではないかという風聞が立った。
  • さらに一部の新聞が、遅れて現場に向かう救助隊員の「故意に救出を遅らせる」意図の言動を聞いたという、被害者家族の声を取り上げたことから、噂は確固たる証拠のないまま真実味を帯びて広まった。
  • 一酸化炭素中毒による死者数が多かった原因は、入気を担う坑道付近で爆発が起こったため、坑内への一酸化炭素の回りが極めて早かったという理由が挙げられている。
  • 2004年の40回忌を機に遺族会が高齢化等を理由に解散したものの、神社跡に現在も慰霊碑が残っている。

関連項目[編集]