三中元克

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
三中 元克
本名 三中 元克
ニックネーム 三ちゃん
生年月日 (1990-07-24) 1990年7月24日(28歳)
出身地 大阪府[1]
血液型 A型
身長 168cm
言語 日本語
方言 共通語
大阪弁
最終学歴 大阪府立今宮工科高等学校
コンビ名 dボタン(2015年 - 2018年)
相方 臼杵寛(dボタン時代)
芸風 漫才(ボケ)
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー(2016年 - )
活動時期 2010年 -
現在の代表番組 なし
過去の代表番組 めちゃ²イケてるッ!
他の活動 舞台活動
配偶者  未婚

三中 元克(さんなか もとかつ、1990年7月24日[1] - )は、日本お笑いタレント[2]俳優。2018年1月までお笑いコンビ『dボタン』のボケ担当。愛称は三ちゃん[2]よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属[注釈 1]

経歴[編集]

『めちゃイケ』レギュラー入り[編集]

2010年10月、フジテレビを代表するバラエティ番組めちゃ²イケてるッ!』(以下『めちゃイケ』)が行った新メンバーオーディションにて、唯一"一般素人"から新メンバー[注釈 2]に選出される[2][3][注釈 3]

元々は、根っからの『めちゃイケ』のファンであり、オーディションにおいては、中心メンバーである岡村のファンであることを公言した。『めちゃイケ』新メンバーに選出された際、同じくレギュラーメンバーである極楽とんぼ加藤浩次から「これってすごいことだと思う。今日の合格発表まで素人で、合格した瞬間からプロになるわけですから」とコメントされ、矢部浩之からも「岡村さんファンの子が番組に出るんですからやっぱり衝撃。『オカムランドリーム』ですよ」と評された[3]

同年12月、『2011年フジテレビ新春キャンペーン』のイメージキャラクターに抜擢[2]、「大の『めちゃイケ』ファンである朴訥な青年」というキャッチコピーの下、「素人ならではの純粋なリアクション」を取るイジられキャラとして人気を得る。

その後は『はじめてのおつかれ』シリーズ(はじめてのおつかいのパロディ)をはじめ、三中をメインにした企画が次々と発足していく。ちなみに、後述のプロ転向宣言前までのタレント活動は基本的に『めちゃイケ』のみであった。

問題行動・素行不良[編集]

メンバー入りして2〜3年が経った頃から、先述のイメージに似つかわしくない負の面(岡村曰く「根っこの悪い部分」)が目立ち始めた。

具体的には「素人にも拘らず、若手スタッフ(AD・AP)に威張り散らす」「気が向かないことがあった際、嘘や言い訳をして逃避する」「一部の『めちゃイケ』ファン(年配者や子供)に対し、冷たく接する」など、自己中心的かつ傲慢な言動を繰り返していた経緯を、後に岡村が『オールナイトニッポン』で明かしている。さらに、放送の際は極力編集などで誤魔化していたものの、次第にフォローしきれないまでに増長し、メンバー・スタッフの間で「このような対応を続けても、番組および三中にとってプラスにならないのでは?」という懸念が強まっていったとのこと[4]

なお、三中本人も番組降板後に受けたインタビューにて「『めちゃイケ』出演中期から末期にかけて、企画でファンと接する機会があった際、無意識のうちに横柄な態度を取ってしまい、岡村から直接叱責された」という経験を認めている[5]

その他にも、素人ゆえに加減・考慮を見計らい損ねた出来事も多く、特に2014年のFNS27時間テレビで行われた『水上相撲』にて、当時SMAPの木村拓哉に(故意ではないものの)手傷を負わせてしまった際は、SMAPファンを中心とした視聴者から批判の声[注釈 4]が殺到した[注釈 5]

そのことを危惧した『めちゃイケ』メンバー・制作陣の意向により、2013年9月から東名高速道路足柄サービスエリア(下り線)で行われた「『めちゃイケ』サービスエリア」の総支配人に任命[6]され、翌2014年9月までのイベント期間中、東京での収録以外は支配人として店舗に立っていた。

めちゃイケフードコート内で販売されていた三中丼と三中汁。ご飯が青いのが特徴である。

『みちのくプロレス修行企画』放棄騒動[編集]

足柄での仕事でも三中の素行が改善されなかったことから2014年10月、『めちゃイケ』の新たな企画として新崎人生率いるみちのくプロレスへ強制的に入団させられ、プロレスラーを目指して修行させられる。

本来プロレスラーになるためには、入団オーディションに合格して練習生にならないと道場での練習はできないが、番組企画であることから「テスト生」という、言わば仮入団の形で入団。同団体のレスラー・野橋太郎の協力を得て、マンツーマンで練習に取り組み、1ヶ月後に行われる練習生テストへの合格を目指すこととなった。当初はみちのくでの生活を「他の環境とは違い楽しい。先輩たちも優しい」と笑顔を見せており企画の進行を心配したスタッフも安心していた。テストの日が近づくとテスト種目の練習にも入っていった。しかし、野橋がいない時の自主練習では手を抜く[注釈 6]など本気で練習に取り組まずサボることも目立ってきた。体重も減らず準備不足のままテストに臨むことになった。その結果練習生テストは不合格となる。その後、ようやく危機感を感じた三中は社長の新崎人生にテストの再実施を志願し承諾される[注釈 7]。野橋からも自主練習で手を抜いたことやテストでの姿勢[注釈 8]問題視し、今後のトレーニングを厳しく指導することを伝えられる。

そうした厳しいトレーニングが原因となって、三中は次第に「練習の過酷さ」「人間関係の悪化」など企画に対する不満をカメラの前で吐露した末、同年12月某日、練習中にパニックを起こした事で野橋と衝突し、練習所を去ってしまう[7]

そのときは、公私共に親しかったジャルジャルを中心とする『めちゃイケ』メンバーの説得や、『めちゃイケ』にゲスト出演した経験を持つ素人の蓬田修士の激励もあって立ち直り、翌年みちのくプロレスの練習生の再テストに合格して、他のメンバーや新崎、野橋からも称賛されるまでに至った[8]。一方岡村は脱走した一件から敢えて褒め言葉を使わず「仕事が大変なのは当たり前。まだまだ甘いと思う。これからは素人さんではなく他のメンバー同様プロ同様に扱う」と言われ、プロとしての自覚を促された」[注釈 9]

三中の再スタートで逃亡騒動は終止符を打ったかに思えた。しかし、その後は企画の進展が停滞したことに加え、27時間テレビの製作準備などにより、めちゃイケメンバー・製作陣の間でプロレス企画への関心が薄れたことから、「自分が『めちゃイケ』から忘れ去られてしまう焦燥感」や「やりたくもないのに嫌々やっている自分に対する苛立ち」[注釈 10]に駆られた三中は「自分が今やっていることが分からなくなり、タレントとしてのアイデンティティーに苦悩したこと」を理由に、27時間テレビの本番目前だった2015年7月中旬に同伴のスタッフが不在の隙を突いて2度目の脱走をしてしまう。

その際は、前述したとおり27時間テレビの準備で多忙だっためちゃイケメンバーに代わって、ディレクターなどのスタッフが中心となって再三に渡り説得しようとするも、三中はそれに応じないばかりか、27時間テレビ終了後は、寄宿先に連れ戻されることを恐れて無断で帰郷し、番組の収録さえもボイコットするようになる。

さらに、三中が番組側の許可を得ないまま、お笑いコンビ結成に向けた活動[注釈 11]を独断で起こしていることが発覚[注釈 12][注釈 13]し、それを知った野橋からも「指導役から降りたい」という要望があり[注釈 14]、事態を重く見た番組プロデューサーの明松功[注釈 15]は三中を呼び出し、新崎、野橋達が企画を取りやめる事を提言している旨や、このまま企画中止となれば今後の番組内における三中の立場が危うくなる事を警告する。その上で「自身も同伴するから、(新崎・野橋ら)みちのくプロレスの皆さんに謝罪しに行こう」と提言する事で、三中を刺激しないように出来る限り穏便に『企画の再開』や『これ以上の勝手な芸能活動の自粛』へと運ぶ方向で説得を試みた。しかし、三中は「もう企画に取り組むことはできない」「プロ芸人への転向を諦める気はない」と断固として意志を曲げず、挙げ句に「明松達より上層部の人間から説得されたとしても折れるつもりはない」という旨の意思まで示し、説得は失敗に終わる。

そして最終的にめちゃイケ・みちのくプロレス両関係者共に「これ以上の企画継続は不可能」という結論に至り、2015年9月16日に同企画の打ち切りと、三中のみちのくプロレス退団が正式発表された[9]

同月下旬、フジテレビ上層部は「企画を勝手な理由で放棄した上に、無許可で芸能活動を行い、『めちゃイケ』および『みちのくプロレス』の関係者に多大な迷惑をかけた」と激怒[注釈 16]し、三中に然るべき懲罰=降板処分を科す方針を固め、その制裁措置を『めちゃイケ』制作陣に厳命する。後日、『めちゃイケ』制作陣は降板に際し、視聴者から寄せられる批判を極力避ける目的も兼ねて、『再オーディション』という形式[注釈 17]を取ることが決定した[注釈 18]

これらの制裁措置に対しては後日、視聴者から「自分たちが三中を新メンバーに選んだにも拘わらず、最終的に使い捨て同然に降板させた挙句、その処遇を視聴者に責任転嫁させた」という批判をはじめ、「根本的(素人がプロレスラーを目指すこと自体)に無理があった」「いくらなんでも(企画内容が)過酷すぎる」という三中に同情的な意見のほか、「タレント意識に欠けた素人を(新メンバーに)選ぶこと自体間違いだった」「企画倒れになることは目に見えていたはず」など、番組側の対応を疑問視する声が相次いで寄せられた[10]

波乱の『プロ転向宣言』と『再オーディション不合格』[編集]

2015年末、高校時代の同級生である臼杵寛と共に「ワンハンドレッド」を結成。後日、2人のラッキーナンバーである「3」にちなんで、コンビ名を「サンプライズ」に改名する[11]

2016年2月19日、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属することが発表された[12]。そして、翌20日の『めちゃイケ』の打ち合わせ時にて、他のレギュラー陣にプロ転向の意思表明をする。しかし、誰1人として理解を示した者はおらず、そればかりか先述の『企画放棄』の件を引き合いに出され、逆に厳しく糾弾されてしまう[注釈 19]

以下はメンバーが述べたコメント[13]

メンバー 批判内容
岡村隆史
[注釈 20]
「カメラが回ってるどうこうではなく、やってる人(他の芸能人)は皆(一生懸命)やってるよ」
「(最初の脱走騒時に)『プロ意識を持て』って言ったけど、結局『時間さえ過ぎれば、企画中止になってもいいだろう』って、どこか(素人感覚)で思ってたんじゃないかな?」
「(「お笑いはやりたいけど、身体を張る仕事は無理」なんて)なかなかのワガママお笑いやな……そんな(身勝手な)ことばかり言ってたら、仕事なくなるぞホンマ」
加藤浩次 「(都合が悪くなると)すぐに嘘をつく癖はやめろ」
「(「嫌な企画はやりたくない」とか言うんだったら)俺だって(過去に番組で)本当に嫌で、やりたくなかったスカイダイビング(のロケ)[注釈 21]をやらされたりしたんだからな」
「今は(俺達の説教が)鬱陶しいって思ってるかもしれないけど、(プロになったら)誰からも言われなくなるぞ」
光浦靖子
[注釈 22]
「(プロの芸人としてやっていくなら、これからの行いは)自分で責任持ちなよ?」
「(後で後悔しても)私たちは知らないから」
濱口優
[注釈 23]
「ナイナイの(バラエティー番組における)カッコいい部分をやりたいだけやねん。ズルいよ、それ。(そんな事では、芸人になるなんて)無理だよ」
「逃げた仕事は、また(オファーが)来るよ」
「(自分のやりたくない企画から)逃げて、お笑い(芸人への転向)なんか?だったら、(俺たち芸人を)舐めるなよ」
鈴木紗理奈
[注釈 24]
「(お笑いやりたくてプロレス辞めたって言ってるけど)今やってる『めちゃイケ』での仕事は、お笑いじゃないの?」
「(芸能界の厳しさを)分かってない気がする。分かってたら、今の(『めちゃイケ唯一の素人枠』という肩書で企画に挑戦できる)環境を捨てて芸人さんになろうとは、私やったら思わない」
武田真治 「プロの芸人になったら、(めちゃイケメンバーは)協力しないし、誰も「頑張れ」って(応援の言葉は)言わないよ」

レギュラーメンバーの大半が叱言を投げかける中、同番組のリーダーである矢部浩之は「もしも芸人になった場合、良くも悪くも接し方を変える」と述べ、今後は素人扱いをしない("同業者"として厳しく接する)という見解を示すも、『企画放棄』の件については敢えて触れなかった。また、ジャルジャル・福徳秀介と雛形あきこは「プロレスがしんどいから芸人になるのか、お笑いやりたいからプロレス辞めたのか、ちゃんと説明しないと」、「お笑いに対する真剣な気持ちを(皆に)アピールすべき」「自分の言葉で(芸人転向の熱意を)伝えた方がいいよ」と助言し[注釈 25]、三中は改めて自らの口でプロの芸人への転向を宣言する。

一連のやりとりを終えた直後、同じく新メンバーである重盛さと美は「三ちゃんは周りの芸人にイジられ、初めて成立する」と三中の存在意義について評し、さらにその上で「自分は三ちゃんのトークで笑ったことがない」と述べ、彼の芸人としての素質を疑問視した。一方、オアシズ・大久保佳代子は「(三中だって)面白いところはあるはず」と述べ、メンバー内でも意見が分かれる結果となった。

さらに同日の放送では、三中のよしもと所属が正式に決まったことが発表された際の様子も放映され、その席に居合わせたダイノジの大地洋輔[注釈 26]から「(番組の企画が)しんどくて、素人(扱い)が嫌だから、プロになりたいなんて(理由として)おかしいだろ!?」「プロの土俵に立ちたいなら、“芸人”としてもう一度オーディションを受け直せ!」と本番中に一喝され、その一幕を表面上の理由として演出する形で、『めちゃイケ』残留を賭けた上記通りの“再オーディション”を行うことが告知された[14]

上記の『プロ転向発言』を放送後、他の芸能人や視聴者からも「お笑いを(プロレスから逃れるための)言い訳にしてるだけ」、「番組から与えられた企画を投げ出しといて、芸人を目指すのは筋が通っていない」、「(濱口や大地の言う通り)お笑いの仕事を甘く見すぎている」、「芸人どころかタレントとしても社会人としても失格」などと、厳しい非難の声が飛び交う結果になってしまった。

翌週の2月27日、「めちゃ²イケてるッ! 真冬に汗をかきまくれ 国民投票だよ全員集合 全力の生スペシャル」にて、再オーディションが生放送で行われるも、視聴者参加の国民投票の結果、支持票が44%と過半数を満たせなかったことから(スタッフの予想通り)不合格となり、三中の『めちゃイケ』降板が決定した[11][注釈 27]

さらに追加制裁として、同日限りで『(それまでアルバイト勤務をしていた)フジランドからの解雇』および『 FCGビルをはじめとする、フジテレビ全関連施設への無期限出入り禁止』が言い渡され、完全に手切れされる形となった。

なお、番組終了後のフジテレビのネット配信番組『めちゃ²タメしてるッ!』にて残念会が開かれ、岡村、加藤や出川哲朗の助言もあり、コンビ名を正式に『dボタン』に改名する[15]

dボタンとしての初仕事は再オーディション翌日、みちのくプロレスでのイベントのMCだった。これが三中のプロ芸人としての初仕事となった。そこで野橋から「2回目の脱走に関しては本当に失望したし、はっきり言ってお前はプロレスラーとして最低な事をした。それでも『芸人になる』と決めたのは、お前自身なのだから、もうそれは二度と投げ出したりせずに頑張っていけ」と叱咤激励され、ケジメをつける意味でビンタされた。この際相方の臼杵も「相方の不始末に対する連帯責任」としてビンタされた。ここで野橋と三中は和解した。

2016年3月12日放送の『めちゃイケ』は三中にとって最後の出演となり「お礼参り」という名目でめちゃイケメンバーへの報復を行うロケが行われた。このロケは都内のある学校のプールで行われたが、これは前述の通り再オーディション不合格によってフジテレビへの出入り禁止による措置である。ここでは三中が相方の臼杵と学ラン姿で現れ不良のような態度で各メンバーからされた仕打ちや行動に対して不満をぶちまけ最終的にプールに落とすというものだった。この企画にはみちのくプロレスの野橋と佐々木大地が「三中の報復に加担する形」での出演で実際に野橋と佐々木が加藤、福徳、光浦、プロデューサーの明松、岡村をプールに落とした。岡村を落としたら加藤は野橋を落とし、その後みんなプールに落としあったりずぶ濡れになったりと少年のような無邪気に騒ぐ光景のまま放送は終了した。この収録後、岡村から「めちゃイケで作った三ちゃんとしてでなく、今日初めて自分でやったこととして面白かったぞ」と褒められた。だがこの放送が三中にとって最後のフジテレビへの出演となり、また2018年8月現在もフジテレビを含めたテレビ番組全般への出演もしていない。

イメージ回復へ向けて[編集]

『めちゃイケ』降板と同時に、アルバイト先を失うという二重の痛手を被ることになった。しかし、それ以上に当初の「大の『めちゃイケ』ファンである朴訥な青年」というイメージが一挙に崩壊し、次のアルバイト先に応募しようとするも、降板直前に暴露されたマイナスイメージを理由にされて門前払いされたり、インターネットのSNSサイトや一部の芸人仲間、果ては街で出会った見知らぬ人物などから、心無い罵詈雑言や誹謗中傷を浴びせられたり、暴行カツアゲに遭われるなど、現在に至るまで公私ともに悪影響が及んでいるとのこと[5]

2016年6月、紆余曲折を経て番組制作陣の一人である鈴木おさむの経営する『ちゃんこ屋鈴木ちゃん』にアルバイト店員として入社する[16]。面接時には、鈴木や面接官として立ち会っていた先輩芸人[注釈 28]から、先述の『プロレス企画放棄騒動』をはじめ『めちゃイケ』出演時に起こした数々のトラブルや、芸人としての見解・姿勢について「極めて短絡的で、自分に対する甘えが目立つ」と指摘を受け、説教されていた[17]ものの、2017年6月の時点でも同店での勤務を続け、面接時は厳しい態度を取っていた鈴木からも、その働きぶりを高く評価されていた[18][注釈 29]

2016年3月3日、dボタンとして、『神保町花月新ユニット結成』概要発表会見に出席し、めちゃイケ卒業後初の漫才で新ネタを披露し[19]2017年2月14日には、劇団『三ランポリン4アター』を立ち上げ、舞台役者としての活動にも力を入れるようになる[20]。また、先の一件から三中との関係が切れ、修繕不可能かと思われていた濱口も、三中の出演する舞台を観劇した上で、公演後楽屋の三中と面会し激励するなど、降板時と比べて態度を軟化させている節を見せはじめている[21][注釈 30]

『めちゃイケ』終了[編集]

2017年11月27日に開催された『よしもと47シュフラン2018』開催発表会見にて、2018年3月付で『めちゃイケ』が放送を終了する件[注釈 31]について触れた。

曰く、ネットニュースで事の次第を知った直後、真偽を確かめようと個人的に親しかったスタッフに連絡を試みるが、まるで取り合ってくれなかった[注釈 32]とのこと。それらの経緯を「6年[注釈 33]もメンバーだったんですよ?」「(メンバーでもない)たむけんさんにさえ、連絡がきたのに…」などと嘆いた。その際、同席していたとにかく明るい安村から「(番組側に散々迷惑をかけた)自分が悪いんじゃない?」と一蹴され、さらに「連絡に取り合わないことが答え(=『三中を再出演させる気など毛頭ないってこと』)だよ」と突きつけられた[注釈 34][注釈 35]。このやりとりにより、『めちゃイケ』再出演の可能性が絶望的であることを示唆された[22]

芸能関係者や芸人仲間からは、『めちゃイケ』終了によって『元(番組)レギュラー』という数少ないアピールポイントが使えなくなることを危惧され、これを期に芸能界から引退すべきだとする懸念や忠告を受け[23]、さらに2018年1月4日、めちゃイケ放送終了よりも3ヶ月早く、dボタンの解散が決定するが、周囲の心配を他所に、三中は今後も芸人として活動を続けていく決意を示し[24]、2月1日より、ピン芸人としての活動名義を『dボタン三中』に変更する[25]

同月5日、『占いTV』にゲスト出演した際に、占い師のシウマから「『dボタン三中』という芸名の画数の悪さ」を指摘されたこと[26]を機に、その翌月である3月12日に開催された『よしもと47シュフラン2018』認定式において、5〜6月を目処に新たな相方と共に新コンビを結成することと、『dボタン三中』からの改名を発表。コンビ解散から僅か一ヶ月で新コンビ結成や再改名という変わり身の早さや、発表の際に「(めちゃイケ降板以降)運が悪いのは『dボタン』という名前が原因だと言われた」「『dボタン』(の名前)は捨てる」と軽率な発言をしてしまったが為に「『めちゃイケ』や、『dボタン』の名付け親である出川への恩義を無下にしている」として、再び批判が集中することとなった[注釈 36][27][28]。この批判を受けてか、4月に行われた沖縄国際映画祭のイベントで一転して『dボタン』の名を残す意向を示したが、これについても「いくらなんでも節操がなさすぎる」という旨の批判が寄せられて、新コンビ結成が7月にまで延期された[29]

「『めちゃイケ』の放送終了」が発表されて以降、同番組への再出演を強く希望していたが、2018年3月31日に放送された最終回である『めちゃ2イケてるッ! 22年間の感謝をこめて最後はみんなで空高く舞い上がれスペシャル!!』では、過去に放送されたVTRのワンシーンや一部のメンバー・ナレーションによる言及[注釈 37]を除き、三中本人は一切出演することがないまま放送は終了した[注釈 38]

『めちゃイケ』終了後[編集]

『めちゃイケ』終了後は、ネット番組『スーパー特撮ナイト』(ニコニコ動画)に出演。特撮オタクとしての一面も見せ、深い知識を披露した。[30] また、自身のInstagramウルトラ怪獣を題材にした居酒屋怪獣酒場』での仕事の様子を投稿している。

人物[編集]

オファーシリーズ」でナインティナイン岡村隆史が着用している青ジャージのレプリカがトレードマーク。

小学校時代はミニバスケットボール部・ゲートボール部、高校時代は柔道部に所属していた。写真週刊誌FLASH』によると、中学時代の同級生曰く「三中はイジられキャラとして、クラス内でも人気者だった」と綴られている。

2010年まで恋愛経験はなく、女性との縁もないという。女性に興味がないわけではないが、三中の友人によればかなり奥手とのこと[31]

ピン芸人としての持ち芸として、『ケチャップ一気食い』と『ウルトラマンのあらすじを言える』が持ちネタであると自称しているが、芸能関係者やインターネット上の間ではいずれも「お世辞にも“芸”とは言い難い」「ただの“特技”」等と辛辣な評価を向けられている[32]

一方でdボタン解散前後から舞台役者や劇団の主宰者としての活動も始めており、2018年2月17日から18日に『三ランポリン4アター』の旗揚げ公演『狂乱のSingたち』を開催している。

出演[編集]

テレビ番組[編集]

過去の出演番組

バラエティ[編集]

ドラマ[編集]

舞台[編集]

劇団名が記されていないものは全て三ランポリン4アターのもの。

  • 竜馬を殺す(劇団Pu-Pu-Juice、2017年11月17日-25日)
  • 狂乱のSingたち(2018年2月17日-18日)
  • ハンムラビの箱庭(ZERO BEAT、2018年7月13日-22日)

脚注[編集]

[ヘルプ]
注釈
  1. ^ 2016年に芸人としてよしもとに所属するまでは実質上フリーで活動していた。
  2. ^ 2010年の夏頃に岡村が休養した際のオーディションで加入したジャルジャル敦士重盛さと美たんぽぽ、三中の計7人。
  3. ^ 最終審査には三中の他に、大学生の多賀尚徳とショップ店員の香月亜耶乃が素人として選出されている。
  4. ^ 加藤はこの時その1年前のFNS27時間テレビでの経験から「絶対(三中に)殺害予告が来る」と発言していた。
  5. ^ その後「日本一周祝25周年の旅」(2015年1月10日放送)で、三中は後日木村の元を訪れ、菓子折を持参した上でこの件について謝罪したことが中居正広によって明かされた。また翌年のFNS27時間テレビではこれをネタにした『因縁の再戦』が行われ、その際にゴム製のフックを全ての指につけるという対策がなされた。
  6. ^ 腕立て伏せの練習では胸がマットにつくギリギリまで曲げろと言われたにも関わらずそこまで胸を下げない、テストでは許されない膝立ちしてヘラヘラしながら回数を数えたり、腹筋では体を上げる際に足を掴むなどしていた。
  7. ^ この際三中は「頑張ってきた1か月間を無駄にしたくない」と言ったが「番組の企画ということはわかってるが、それならそれで本気で苦しんで頑張る姿を見せて三中頑張ってるんだから自分も頑張ろうとそう視聴者に思わせることが大事。「頑張ってます」って自分の口で言うな。それは他人が言うことだ」と窘められた。
  8. ^ 腕立て伏せで膝を着けて指摘されても惚けて回数を誤魔化し、腹筋では上げることができずマットを叩いて悔しがるなど努力不足を棚に上げていた。
  9. ^ 最後はプロとしての覚悟を試すべく岡村とビンタの打ち合いをした。
  10. ^ 岡村はこの考えについて、自身のオファーシリーズでの経験から理解を示していた。
  11. ^ 芸能事務所への履歴書提出、説明会やオーディションへの参加など。
  12. ^ 無理やりみちのくプロレスの宿舎に連れ戻される事態を回避するためだったという。
  13. ^ この際、三中は各芸能事務所に対して「番組(めちゃイケ)からの了承は得ている」というの説明をしていたが、それを不審に思った事務所側がすぐさまフジテレビに確認を取ったことにより、一連の独断行動が明るみとなった。
  14. ^ 最初の脱走を赦した上に、企画再開後もほぼ付きっきりで三中を指導してきた野橋だったが、その温情を無下にした一連の独断行為には愛想が尽きた様で、新崎やめちゃイケサイドに「(三中が)戻ってきても、もう何も指導するつもりはない」と破門宣言をした。
  15. ^ これら不始末との関係性は不明だが、明松は2016年9月(三中が降板してから約半年後)に『めちゃイケ』の製作から外され、営業部に異動している。
  16. ^ 当時フリーだった三中は事実上「フジテレビ準社員兼専属タレント」であり、他事務所に所属しようとする行為は『二重契約』、すなわち規約違反に該当する(三中本人がそれを知っていたかは不明)。
  17. ^ 演出上では後述の大地の発言によって行ったが、実際はその発言を完全に利用した形だった。
  18. ^ なお、当日のオーディション直前に「ゼロテレビ」のトップページにて、まだオーディションが実施されていないにも関わらず「不合格の残念会が行われる」という趣旨のバナーが表示され、その後ゼロテレビの公式Twitterで「誤表示」として謝罪するツイートが書き込まれる一幕があった。
  19. ^ 実のところ、他のレギュラー陣は「三中がプロレス企画を放棄したこと」「プロの芸人に転向したこと」を事前に知っており、三中の芸人転向の覚悟がどれほどあるのかを確かめるべく、敢えて初めて聞いたかのような形で三中の「プロ宣言」を聞いた。
  20. ^ このような批判の反面、後述の大久保の意見に対しても「『めちゃモテ』(めちゃイケの前身番組)の開始当初武田真治に反感を持っていた」過去があったことを明かした上で一定の理解を示していた。
  21. ^ 加藤は極度の高所恐怖症であり、番組スタッフはそんな彼にスカイダイビングを無理強いさせていた。
  22. ^ 光浦は再オーディション直前に、個人的にみちのくプロレスを訪問し、三中の不始末について謝罪したという。
  23. ^ 三中の降板後、濱口は2017年10月20日放送の『芸能義塾大学』(AbemaTV)で『タレントとしてのプロ意識に欠けた悪例』として、この騒動を取り上げ、三中のことを「芸能人があんな(無責任極まりない)ことをするのは、(信用問題に関わるから)危険」と徹底的に非難している。
  24. ^ 『再オーディション』前に行われた(三中不在の)フリートークにて、「(前々から三中のことが)嫌いだった」と胸の内を明かしている(詳しい理由は不明だが、『めちゃイケサービスエリア』最終日のイベントでは、三中に息子の事を侮辱された紗理奈が激怒し、一触即発になりかける一幕があった)。
  25. ^ それに対して加藤や濱口は「その説明すら、三中が自分で思いついて言えない時点で、芸人になるなんて尚更無理だろ」と呆れていた。
  26. ^ ダイノジは新メンバーオーディションの最終審査で落選している。
  27. ^ なお、同じめちゃイケメンバーの敦士はこのオーディションでの一幕を受けて、「自分ももしかしたらめちゃイケをクビになってしまうのでは」という危機感を抱いたことを、後述の『めちゃイケ』最終回での片岡飛鳥総監督によるインタビューで明かしている。
  28. ^ 面接の様子は一部始終『AbemaTV』で放送され、鈴木やダイノジ大地の他、あかつをはじめとする複数の芸人が面接官として参加していた。
  29. ^ なお、同店は2018年4月30日をもって三中の入社とはまた別の理由で閉店している。だが、鈴木が自身のInstagramに三中が勤務している様子を掲載した際、コメント欄に三中や三中を雇ったことに対する批判が書き込まれる事態が起きている。
  30. ^ ただし、濱口が態度を軟化させたのは、先述の『芸能義塾大学』における三中への非難発言が原因で、世間からの自身の心象が悪化した為、急遽フォローをせざるを得なくなかったからではないかという意見もある。
  31. ^ なお、『めちゃイケ』の放送終了の原因は裏番組(特にテレビ東京の『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』)の台頭と番組自体の経年劣化が重なった慢性的な視聴率の低迷(この頃の時点ですでに5%程にまで落ち込んでいた)であり、三中が起こしたトラブルとの直接的な関係はない。
  32. ^ メールを送るも返信がなく、さらに電話番号まで変わっていたという。
  33. ^ 厳密には5年2ヶ月。
  34. ^ 事実、終了発表から最終回までの間、めちゃイケメンバーは誰1人として「三中の復帰」を提言していない。さらに『中居ナイナイ日本一周FINAL』で中居が話題に上げた際、岡村が「三中って誰や? そんな奴、『めちゃイケ』に居たっけ?」とシラを切るなど、極力話題としても触れないように扱われていた。
  35. ^ ちなみに、同じく『めちゃイケ』降板(というより、芸能界追放)となった極楽とんぼ山本圭壱は、相方の加藤浩次をはじめとする多くの芸人仲間からの復帰懇願や、およそ10年間にわたる社会的制裁を受けたという判断の下、最終回の3ヶ月前から(ゲスト扱いだが)スタジオ収録が許可させるまでに至った。
  36. ^ 元相方の臼杵も自身のTwitterにこの発言にショックを受けたことを投稿していた。
  37. ^ なお岡村は最終回出演の中居正広から三中のことを聞かれたら『日本一周FINAL』の時と同じように(半ばギャグとして)「だから三中って誰やねん?」と惚けていた。
  38. ^ その日のエンドロールには、出演者やスタッフのみならず、これまで『めちゃイケ』に関わってきた関係者の名前も表記されていた。しかし、その中に三中の名前は表記されておらず、事実上の除名扱いとされていた。
出典
  1. ^ a b 外部リンク(『めちゃイケ』公式サイト内プロフィール)を参照。
  2. ^ a b c d 外部リンク『オリコン芸能人事典』のプロフィールを参照。
  3. ^ a b “ナイナイ矢部、『めちゃイケ』新メンバー・三中さんは 「オカムランドリーム」” (日本語). オリコン. オリコン株式会社. (2010年10月31日). http://www.oricon.co.jp/news/confidence/81557/ 2010年10月31日閲覧。 
  4. ^ めちゃイケ「クビ」三ちゃんの「悪い部分」 ナイナイ岡村が暴露した驚きの「上から目線」J-CAST 2016年3月4日
  5. ^ a b 『めちゃイケ』三ちゃんがクビ裏話激白!岡村隆史にも怒られ…ニュースウォーカー 2016年10月20日
  6. ^ “三ちゃん”こと三中元克、東名・EXPASA足柄「めちゃイケSA」の総支配人に決定ORICON STYLE、2013年9月7日)
  7. ^ 182日目「みちのく三ちゃんねる」2015年4月23日アップロード
  8. ^ 183日目「みちのく三ちゃんねる」2015年4月24日アップロード
  9. ^ 328日目「みちのく三ちゃんねる」2015年9月16日アップロード
  10. ^ 元めちゃイケファン三中卒業特番に激怒「イジメで視聴率を稼ぐ最低の番組」 – しらべぇ | 気になるアレを大調査ニュース!
  11. ^ a b “「三ちゃん」再オーディション不合格で「めちゃイケ!」卒業”. スポーツ報知. (2016年2月27日). オリジナル2016年2月28日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160228101622/http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160227-OHT1T50157.html 2016年2月28日閲覧。 
  12. ^ ““三ちゃん”三中元克が同級生とコンビ結成 吉本興業グループ所属に”. 大分合同新聞. (2016年2月19日). http://www.oita-press.co.jp/1009000000/2016/02/19/ORI2067197 2016年2月19日閲覧。 
  13. ^ 「めちゃイケ」で三中元克に非難集中 メンバーから「本能が避けてる」livedoor NEWS 2016年2月21日
  14. ^ “三中元克の芸人デビューにダイノジ・大地洋輔が喝「覚悟あるの?」”. livedoor NEWS. (2016年2月21日). http://news.livedoor.com/article/detail/11207467/ 
  15. ^ ““三ちゃん”三中元克、『めちゃイケ』卒業で号泣 コンビ改名で再出発”. 大分合同新聞. (2016年2月28日). オリジナル2016年2月29日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160229090115/https://www.oita-press.co.jp/1009000000/2016/02/28/ORI2067592 2016年2月28日閲覧。 
  16. ^ 三ちゃんが鈴木おさむのちゃんこ屋でバイト、元気そうな姿に反響。ナリナリドットコム 2016年6月9日
  17. ^ 鈴木おさむ、「めちゃイケ」クビの三中を生放送中にガチ説教AbemaTIMES 2016年2月21日
  18. ^ 「めちゃイケ」元メンバー・三中元克の今…都内ちゃんこ屋で呼び込み-2017年6月3日 13時30分 トピックニュース
  19. ^ 三ちゃん、新ネタで自虐連発 めちゃイケ卒業後の初漫才ORICON STYLE、2016年3月3日)
  20. ^ 元めちゃイケのメンバー三中元克 吉本興業公認の劇団を立ち上げるlivedoor ニュース、2017年11月20日)
  21. ^ よゐこ濱口、元めちゃイケの三ちゃんと2ショットエキサイトニュース 2017年11月20日
  22. ^ dボタン・三中元克「めちゃイケ」終了で悲しい現実「僕嫌われていたんですか?」東スポWeb 2017年11月27日
  23. ^ “三ちゃん”三中元克、めちゃイケ終了で芸人仲間が一斉「引退勧告」のワケ!ニュースウォーカー 2017年12月2日
  24. ^ 三中元克 Instagram https://www.instagram.com/sannakamotokatsu/2018年1月5日更新
  25. ^ 三中元克、『めちゃイケ』への感謝と後悔 ピン芸人として再出発誓うORICON NEWS 2018年2月3日
  26. ^ 【dボタン解散】元めちゃイケメンバー三中、改名??【ピタットTV月曜日】 - YouTube
  27. ^ 『運が悪いのはdボタンが原因』新コンビ結成宣言、節操のない三中に非難殺到リアルライブ 2018年3月16日
  28. ^ “三中元克が「出川哲朗」「めちゃイケ」を愚弄!!「失礼すぎる」と大ブーイング”. Asagei+. (2018年3月24日). https://www.asagei.com/excerpt/101000 
  29. ^ また発言撤回…三中に“節操なさすぎ”と非難殺到 生き残る道はあるのかリアルライブ 4月20日
  30. ^ 三中元克「特撮マニア」としての一面 深い知識で再ブレイクへ?-livedoor ニュース
  31. ^ 「『めちゃイケ』新メンバー 三中(さんなか)くんは「彼女いない歴20年」だって」、『FLASH2010年11月23日号(通巻1120号。同9日発売)』、光文社東京都、2010年11月、 pp.14、2010年11月28日閲覧。
  32. ^ ““三ちゃん”三中元克、めちゃイケ終了前に「コンビ解散&引退危機」の根拠!”. Asagei+. (2017年12月1日). https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20171201/Asagei_93850.html 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]