万波誠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

万波 誠(まんなみ まこと)は、日本の医師宇和島徳洲会病院泌尿器科部長。

人物[編集]

岡山県出身、山口大学医学部卒業。

1970年愛媛県宇和島市立病院に勤務。1975年、アメリカ合衆国のウィスコンシン大学に留学、インドネシア出身のオランダ人外科医ベルツァー(Folkert O. Belzer)の元で腎臓移植を学んだ。日本に帰国後の1977年、宇和島市立病院で初めて腎臓移植手術を行った。その後、これまでに約680件の腎臓移植手術を行ったとされる。

2004年、新規開院した宇和島徳洲会病院に転職し現職となる。

宇和島臓器売買事件[編集]

2006年、万波が執刀した生体腎移植に関連した臓器売買事件が発覚した。その後の裁判の過程で2人の被告は「万波先生には初めから他人であること、対価についても話をした」などと万波が事前に臓器売買を知っていたことをうかがわせる供述をしたが、万波自身はそのような事実は一切ないと否定し[1]責任も問われなかった。

病気腎移植問題[編集]

臓器売買事件の報道が過熱する中、肝炎、腎炎などの疾患に罹患している第三者から腎臓を摘出、これを腎不全患者に移植していたことが、調査により発覚した。いわゆる病気腎移植問題である。

これに対しては、内科的治療を充分に行わずにネフローゼ症候群患者の腎臓を摘出した[2] 、HBs抗原陽性ドナーから持ち込まれたB型肝炎ウイルスがレシピエントの死因となった可能性は否定できない[3]、インフォームド・コンセントが適切に行われていない、倫理委員会の審査等の実験的・研究的医療に必要な手続きがなされていない[4]などの批判が起こった。

また移植をしない患者には冷たい、移植後に問題が起きると途端に素っ気ない対応をする、頑固で人の助言忠告を聞こうとしない性格のために病気腎移植が繰り返されたなどという万波に対する評価がある一方で、万波に心酔する熱心な支持者もいる[5][6]

2007年9月、厚生労働省はこれら病気腎移植が通常の保険診療ではなく診療報酬の不正請求に当たると指摘、万波の保険医登録を取り消す行政処分の検討に入った。そして万波と宇和島徳洲会病院の弁明を聴くため2008年2月に第1回聴聞会が開かれたが、病院側が開催手続きの不備を主張し実質審議に入れず、5月に予定されていた2回目の聴聞会は直前になって愛媛社会保険事務局が延期を決め、以降、聴聞会は開かれていない[7]

一方で万波は、病気腎移植が明るみに出た2006年11月以降、日本移植学会幹部らが万波の病気腎移植を批判した際などに、万波に対して名誉棄損にあたる発言をしたとして、2009年9月、学会幹部ら4人を相手取り計4400万円の損害賠償を求める訴えを松山地裁に起こした[8]

2009年12月30日、宇和島徳洲会病院で、万波が中心となり、協力病院である広島県の呉共済病院とともに病気腎移植を臨床研究として再開した。術後の経過はドナー、レシピエントともに順調という[9]

2015年12月6日 宇和島徳洲会病院において国内13例目の病気腎移植を第三者間で実施

同時に厚生労働省に対し先進医療の申請提出。2016年11月時点で継続審議中。

脚注[編集]

  1. ^ 臓器売買初公判「ドナー他人、先生に説明」讀賣新聞 2006年12月06日
  2. ^ ネフローゼ症候群を呈するドナーからの生体腎移植に関する意見書
  3. ^ 病気腎で肝炎感染死か 因果関係初の見解 調査委が最終報告 市立病院 万波医師を批判 愛媛新聞
  4. ^ 病腎移植の何が問題なのか 「二つの医療」と医師集団の責任、大島伸一、日本医事新報 4324号 Page106-114
  5. ^ 息子は実験台に 万波医師へ怒り 讀賣新聞 2007年4月20日 
  6. ^ 万波医師の処分反対訴え報告会 備前で支援者ら 岡山日日新聞 2008年3月24日 
  7. ^ 厚労省の処分手続き、半年進展なし 病気腎移植の宇和島徳洲会病院 共同通信 2008年9月8日
  8. ^ 名誉棄損:病気腎移植の万波医師が学会幹部らを提訴 毎日新聞 2009年10月28日
  9. ^ 病気腎移植:愛媛・宇和島徳洲会病院で再開 万波医師ら執刀 毎日新聞 2010年1月1日